ミス&ミスター・クライング・ベイビー


Extra No.03 面接


「たでーまー」
「し、失礼します」

駅前とはまた少し違う雰囲気の閑静な住宅街の中心。
お寺の、広い境内に隣接した事務所のような場所に案内されると、カラカラと音を立てる引き戸を男の子が開ける。 都会の中、まるでここだけくり抜かれたような田舎の祖母の家を彷彿とさせる木造の一軒家。
ズカズカと上がっていく彼を尻目に、わたしは玄関先で辺りを見回していた。天井の染み。靴箱の上の花瓶。 立て掛けられた作者の名前もわからない額縁のイラスト。どこの家にもあるような光景だった。

「……ここが事務所?」
さん?」

ハッとして口を閉じる。事務所の奥から黒髪の綺麗な女の人が歩いてくる。落胆させない。 電話越しに聞いた魔法の声とまったく差異がない。きっと彼女が先程まで電話で対応してくれた真田黒呼さんだ。
わたしが「はい」と頷くと、真田さんはにっこりと笑った。

「あらやだ、スリッパも出さないでごめんなさい」
「おかまいなく。本日はよろしくお願いいたします」
「こちらこそ、せっかくのお休みにご足労頂いて…さ、上がってちょうだい」
「はい。失礼します」

指先にまで気品溢れる彼女がそっとスリッパを用意する。お礼を言って拝借すると、履き心地のいいスリッパに これがお客様をおもてなしすることなんだろうと思わずにはいられなかった。こんなに暑い日でも鬱陶しく感じないなんて。 それにセンスもとてもいい。
くだらないことを考えていたら、わたしより先に事務所に上がっていった男の子が再び廊下に姿を現す。 それに気付いた真田さんが彼に声をかけた。

「もう浦飯くんたら、遅いじゃない!事故にでも遭ったんじゃないかと思って心配したんだから」

お母さんのような物言いの真田さん。浦飯くん、と呼ばれた案内役の男の子がハイハイすんませんと面倒くさそうに返答する。 けれど、遅れた理由はすべてわたしにあった。不意の体調不良に浦飯くんが助けてくれたのだ。このまま彼が責められては 居た堪れないので「あの…」と口を開きかけたが、説明する間もなく真田さんは次の話題に話を進めていた。

「それから、さっきの件はきちんと謝罪したんでしょうね?」
「あーしたした」

う、嘘です。きちんとはされていません。でも、彼にはそれ以上のことをして頂き頭が上がりません。
心の中で言葉を補足してみる。浦飯くんは真田さんの顔を見ないまま二階に上がっていってしまった。 そんな彼の対応に痺れを切らしたのか、それともいつものことだからなのか、真田さんは「まったく…」と呟くだけだった。

「ごめんなさいね…ほんと、悪い子じゃないんだけど」

真田さんが困ったように笑う。頷いて微笑んだ。その真意は、わたしが誰より目の当たりにしている。





「お主がくんか。よく来てくれた」
「は、はい…」

簡易な応接室に通された。
スリッパ同様、おもてなしに最適の柔らかさを保つソファに腰掛ける。 「今お茶を持ってくるから」と言った真田さんと入れ違いで扉を開けたのは、美青年過ぎるほどの男の人だった。 思わずじっと見つめてしまう。こんなに綺麗な男の人を今日まで見たことがない。芸能人? いや、決め付けているだけで女性に見えなくもない。浦飯くんが「やんちゃ」なら、目の前の男の人は「美しい」だ。
くわえて今「おぬし」と呼ばれた気がする。外見とは随分ギャップのある口調だと思う。 いろんな意味で現代にこんな人がいるだなんて…。

「休みに来させて悪かったな」
「あ、い、いえ!こちらこそ履歴書類も持たずにすみません…」
「いやいいんだ。突然呼び出したのは我々のほうだからな」

彼が目を細めて笑う。ちょうどそこに応接室の扉が開いて真田さんがお盆を手に現れた。

「おお、悪いな黒呼」
「いいえ。ちょうどさっきお茶菓子買ってきといてよかった」
「うむ。くん、リラックスがてら遠慮なく食べてくれ」
「あ、ありがとうございます…!」
さん、工芸茶はお好きかしら?」
「工芸茶、ですか?」

言いながら真田さんはわたしの前に透明のティーポットを置いた。中には何やら不思議な物体が浮いている。 わたしが首を傾げて考えていると、真田さんは嬉しそうに「お湯を入れると花が咲くのよ」と教えてくれた。 熱で曇っていくポットの注ぎ口からはゆっくりとジャスミンティーの香りが広がっていく。 それと同時にポットの中に浮かんだ物体も綺麗に花びらを広げ、その正体を現していった。ほ、本当に花が咲くなんて。 思いもしない出来事につい面接前であることも忘れてしまう。なんて不思議なお茶だろう。

「わぁ…すごいです。初めて見ました…こんな…」

うっとりして言葉が続かない。そんなわたしに気付いた二人があははと声に出して笑った。
あぁ、なんてアットホームな会社だろう。求人広告を見つけたときの不安が期待に変わっていくのがわかる。 数時間前の自分とは打って変わって、絶対に受かりたいとさえ感じてきている。どうしよう。来てよかった。
色づいたティーポットの中身をお揃いのティーカップに注いでくれる真田さん。今日は日差しが強かったでしょう、と 呟く真田さんの手元を見つめる。ふと思い出したのは、待ち合わせ場所での浦飯くんとの出来事だった。

「あ!そういえば…!」
「え?」
「む?」
「あ、えと、その…遅くなってしまって申し訳ありませんでした!」

わたしの突然の一言に二人が目を丸くする。

「どうして?いいのよ、どーせ浦飯くんが寄り道して…」
「そうじゃそうじゃ。待たせてしまわなかったか?」
「い、いえちがうんですっ!わ、わたしがフラフラしちゃってその…」

立ち眩んでいるところを彼に助けてもらったんです…。
あたふたと言葉を紡ぐ。俯きながら、二人にどうすれば上手く伝わるだろうかと考えていた。真田さんがさっき、 浦飯くんのせいで遅くなったといったのはまったくの誤解だ。彼は待ち合わせの10分前には姿を見せてくれたし、 不安でいっぱいのわたしに真っ直ぐ声をかけてくれた。あまつさえ気分の悪くなった初対面の人間にミネラルウォーターまで買って手渡してくれたのだ。 電話越しの態度からは想像つかなかった。あんなに嫌な気分だったのに嘘のように記憶から消されていく。
それに彼はここに来るまでにも、わたしの歩調に合わせて歩いてくれた。 少し前を歩きながら時々気にするように振り返ってくれたのがたまらなく嬉しかった。
その全てを二人になるべく簡潔に伝える。すると、真田さんたちは驚いた様子で顔を見合わせていた。 おそらく「悪い子じゃない」浦飯くんの、その部分をこの短時間で見つけられたからだ。

「幽助がなぁ…随分大人になったもんだ。いや、男に、か」
「あら、そういうこと?確かにさん可愛いもの。助けてあげたくなっちゃう」
「まぁな。だがあいつはひねくれ者だから認めんだろうが」
「?」

小声で何かを話し合う二人に首を傾げると、わたしに気付いた真田さんが「ごめんなさい、こっちの話」と苦笑する。
それからすぐに美青年の彼に「ほら、そんなことより面接でしょう!」と真田さんがつっついた。 つつかれた美青年の彼は「おお、そうだった!」と閃いたようにわたしに向き直る。

「悪いわるい。それじゃあ、面接を始めるとするかな」
「はい。よろしくお願いします!」
「と、その前に…くん。ひとつ質問があるんだが…」
「質問……な、なんでしょうか?」

美青年の彼がその澄んだ瞳でわたしを覗き込んだ。
陽の光を反射させたステンドグラスの、一番輝いた欠片だけを集めたようなきらめき。吸い込まれたらひとつになれるだろうか。
意を決したように呟いた彼の口がまるでスローモーションのように音を発した。


「霊感は強いか?」


思わずたじろぐ。同じ言語でもこんなにも難易度が違うなんて。