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わたしは、何を過信していたんだろう。 逢えばきっと、24年分の気持ちを抑えられなくなるに決まっている。目が合えばきっと、とめどない想いに涙を流すに決まっている。話せばきっと、憐れみと戸惑いを前に打ちひしがれるに決まっているのに。 感動の再会なんて期待していなかったはずだ。彼を知る者ならば、そんなもの誰だって。 でもそれでもいい。また暗闇に身を落としてしまうより、色鮮やかな世界に触れていたかった。 たとえそこに、温度が伴わなかったとしても― 「あっちー…」 再会を果たした時、蔵馬さんは大きなお寺で6人のお弟子さんの修行を見ていた。なんでも、今の魔界にはトーナメントというイベントがあるらしい。休憩をとる彼らとともにお寺の離れを案内されると、コエンマさんと蔵馬さんは二人で話をしに外へ出て行ってしまった。修行の邪魔をしてしまったことが恐縮で申し訳ない。6人は、はじめこそわたしを見るなり不思議そうにしていたけれど、すぐに修行中感じたそれぞれの長所や短所の話をし始めたので、少しだけほっとした。 (まだ、眠っているみたい…) 夢見心地に感じる空間を、例えるならそれこそ24年間の眠りの途中のようだった。 6人の話し声をぼんやりと聞く傍ら、久しぶりに会えた蔵馬さんのことを頭の中で繰り返し思い出してみる。 (赤い髪…綺麗な目…) 妖狐だった頃の彼とは異なる容姿。それなのに、彼を一目見た瞬間蔵馬さんだと理解できた。理解というよりは、ストンと自然にわたしの中で飲み込めていた。24年も経って生きる時代も環境も、姿形だって違うのに不思議だった。 ここに来る前にコエンマさんから聞いていた人間界での蔵馬さんは、言われた通りの人だった。情熱的な紅い髪。美しい顔立ち。力強い瞳と、際立った品の良さ。ただ一つだけ違うとするならば、わたしが思っていた以上に彼はわたしに戸惑い、受け入れてはいないということだけだ。期待していたつもりはなかった。仕方がないとわかっていた。24年も眠っていたんだって?そんな軽口で話せる話題じゃないことくらい。それでも、目を見、名前を呼び合い、お互い懐かしむことさえできない現実がとても寂しかった。遠い思い出の日々がさらに色褪せていくような…そんな感覚だ。 できるなら、あの日に戻りたい。 時間を遡らせて、なぜかわたしも冥花おばさんも研究所にはたまたまいなくて、蔵馬さんも奇襲には向かわない。薔薇の苗も無事に育て上げて蔵馬さんに本当の気持ちを伝える―あの日失った全てのものを失うことはなく、3人が3人、変わらない日常を魔界で過ごす。 そこまで考えて渇いた笑いが出そうになった。なんて浅はかな考えだろう。無理に決まってる。そんなことができれば、誰も苦労はしないのだ。彼も、わたしも。もう、戻ることなんかできないのに。 本当に、もう何もできないの? 自問自答する。本当に? こうしてまた巡り会えたのなら、今度は、たとえやり方が違っても、後悔しない方法があるんじゃないだろうか。そう思った時だった。部屋の襖が静かに開かれる。その一瞬、蔵馬さんと目が合った。 「お疲れ〜って、コエンマ!来てたんか!」 「おぉお前ら元気そうだな。どうだ?訓練一日目は」 視線は、すぐに逸らされた。彼の中にはまるでわたしなんて存在しないのだと言われたような気がした。盛り上がる6人とコエンマさんとは対照的に、蔵馬さんもわたしもどちらとも話すことはない。何を話せばいいのかも、話しかけていいのかさえわからない。沢山伝えたいことがあるはずなのに、締め付けられるように言葉が何も出てこなかった。 思い思い話し終えると、コエンマさんに帰るぞと声をかけられた。わたしは頷き、そっと蔵馬さんの隣を横切る。 「お邪魔して、すみませんでした」 振り絞ってやっと出たのはそんな言葉だった。少しだけ微笑む。 コエンマさんの背中を追いかけると、不意に6人の中の一人がお嬢さんもまた来いよー!と声をかけてくれた。驚きつつ振り返ると、彼らはにっこりと笑って手を振ってくれている。わたしはもう一度頭を下げて、お寺を後にする。 「…良い方たちですね」 「そうじゃな。気後れせんと、明日も顔を出してみたらいい」 コエンマさんがやさしく笑う。え?と言いそうになったけど、わたしは前を向いて頷いた。 「そうですね。お邪魔にならないように気を付けます」 それからのわたしはお料理を習い、毎日毎日この世界に見合う味付けの練習をした。 魔界にいた頃から元々料理は大好きだった。 「…お味噌汁にも、こんなに種類があるんだ」 宛がわれた人間界での住まいはマンションと呼ばれる建物で、キッチンがあり、リビングがあり、寝室、シャワールーム、トイレが付いている。特にキッチンにはよく籠りきりになった。まるで小さな研究室みたいだ。 ベランダと呼ばれる外の小さな空間には、ぼたんさんやコエンマさんに教えてもらった人間界の植物の鉢を置き、寝る間も惜しんで育て方の本や四季について学んだ。人間界…特に蔵馬さんたちが住む日本という国には四季が存在していて、植物だけではなくお料理にも影響していることを知った。お味噌汁ひとつを取っても、沢山の種類や季節行事によって様々ある。そもそも、この料理の本が売っていた本屋さんというところにも、色んなジャンルの膨大な量の本が置かれていて、選ぶのに一苦労だった。 ―ごめんください ―では、そろそろ帰りますね 朝昼は手土産を持ってお寺に向かい、蔵馬さんや鈴駒さんのたちのご飯作りから掃除や洗濯。夜は家に帰るなり、明日の献立を決める為の買い物をしてみたり、手土産のお店を調べてみたり、お金の使い方を調べたり…と、眠る時間以外は少しでもこの世界に馴染もうと本当に毎日が勉強だった。 嬉しかったのは、念願だった着付けをぼたんさんに教われたことだ。 少しでもいい、魔界にいた頃の、がむしゃらに働き冥花おばさんの背中を追いかけていた自分を取り戻したかった。 そうして24年前の約束を、あの薔薇を、もう一度わたしの手で咲かせてみせたかった。 戻らない時間を戻す方法は、新しく進むしかないのだと。 「あ、蔵馬さん」 四半世紀ぶりに呼ぶ名前はやっぱりこそばゆくて、いとおしい。 けれど、呼ばれた彼はどこかぎこちなくて遠かった。どうしたんです?そう、どこか他人事のように響くけれど、あの頃と変わらないと信じたくて掻き消した。こんなことが突然起きれば、誰だって―そう思い込むことで精一杯だった。 彼本人を前にすると、わたしは喉を掴まれたように言葉が出てこなくなる。暑いですね。他愛もない言葉で彼を引き留める。次にくる沈黙に耐えきれず、またわたしから声をかけていた。 「あの…」 「え?」 「ずっと…長い間ご無沙汰してしまい、申し訳ありません」 一体何に謝っているんだろう。自分で言っておきながら呆れてしまう。蔵馬さんに謝ったところで、彼にもどうしようもないことだ。何か言葉を…そう思えば思うほど何も考えられなかった。蝉が鳴く。気まずい雰囲気のまま、蔵馬さんが顔を上げて下さいと言った。 「久しぶりですね」 変な言葉で空気を重くしてしまったわたしに、蔵馬さんは久しぶり、そう言ってくれた。 本当に。そう返すと涙が溢れそうで。なんとか目の縁で耐えている。24年ですか、冥花はやっぱり…、そうですか。はじめて続いてく会話。重くて、どれも気後れしそうな内容だ。でも、こんなことは彼とじゃないと話せなかった。 「…でも、貴方だけでも生き残れたんだ。冥花もきっと喜んでいますよ」 蔵馬さんは、なおもそんな言葉でわたしを慰めてくれる。 泣かないように唇を噛み締め、必死の思いでお礼を口にする。まさか、まさか。こんな風に話せるなんて思ってもみなかった。彼が今何を考えて、腹の底で何を思うか、その本心はわからない。ただただわたしには、彼から出てくる言葉が嬉しくて、こうしてまた出逢えたことに感謝していた。また明日もここに来てもいいですか。自然出てきた言葉に、蔵馬さんは少し戸惑いながらも了承してくれた。 同情でもいい。 少しでもまたあの日に近づけたらと、心のどこかで生きる希望を見つけられた気がした。
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