15 - 1:脳裏に響く
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 「憂太から花貰ったって聞いたんだけど」
 「しゃーけ」

 ぐほっと咳が出る。危うく口の中の食べ物を噴き出しそうになった。胸をとんとんと叩くわたしを見て、狗巻くんが慌てた様子でコップを手渡してくれる。わたしはすぐにそれを受け取り、ごくりごくりと水を流し込む。一方でパンダくんはしてやったりといった表情で仁王立ちしていた。

 「マジか!」
 「げほっ…ん、…」
 「高菜…?」
 「だ、大丈夫、ありがと狗巻くん…」

 心配してくれる狗巻くんに御礼を伝え、ふぅと呼吸を整えてからわたしは食事を再開する。今日も朝供えた仏飯のお下がりをいただいていた。
 それにしても、パンダくんも狗巻くんも花束のことをどうして知っているんだろう。乙骨くん本人が話すとは思えないから、伝わるとしたら真希ちゃんが二人に話したに違いないけど…。自分のいないところでそんな会話をされていたと思うと妙にこそばゆい。赤くなった顔の前でぱたぱたと手を仰いだ。けれど、そんなことで赤みも熱も引くはずもなかった。


 「しかも花言葉で選んだ花なんだろ?」
 「げほっ!ごほ!」
 「真希がに直接聞いて来いって。なあどんな花言葉?」


 や、やっぱり…真希ちゃんが犯人だ。2年生は仲が良い。一人に知られたら大抵のことは他の3人にも伝わってると思った方がいい。
 空になったコップに水を注ぎに走る狗巻くん。パンダくんはお構いなしだ。自分が今知りたい情報だけを耳に入れて納得したくて必死だった。

 「……お、教えない」
 「もったいぶるなよ
 「パンダくんには教えない!」

 狗巻くんから本日二度目のコップを渡してもらい中身を飲み干しながら、わたしはパンダくんに黙秘を告げた。
 パンダくんは感情の読めない黒縁の目でわたしを見つめた後、何故か自分の携帯電話を取り出した。狗巻くんとわたしはその様子を窺う。


 「………永遠の愛ってマジ?」


 そう言って携帯の検索結果の画面を見せてくるパンダくん。そこにはネットで検索した桔梗の花言葉が載っていた。わたしは今頃自分の部屋で七分咲きを迎えている桔梗を思い出し、その流れで昨日の乙骨くんとのやりとりが頭に浮かんで信じられないくらい赤面してしまう。抵抗虚しく。そんなわたしを見た二人の目がキラキラと輝き出した。

 「なんだよ憂太!!!やっぱりのことが好きなんじゃねーか!」

 まあ実際認めてたしわかっちゃいたけどさ!鼻息を荒くするパンダくんのその言葉は、この場にいる誰にも向けられていない。狗巻くんはいつも以上に口元を制服で隠していた。きっとにやけられている。

 「で、なんもない?」
 「へ?」
 「悪夢を見るとか、首絞められるとか」
 「ええ…なぁに急に…」

 唐突に真顔で不吉な言葉を並べるパンダくんに、思わず座ったまま後退る。ニヤけていた狗巻くんもハッと気づいたような顔でわたしを見つめた。

 「変わったこと…何もないよ」
 「へー。そんなパターンもあんのか」
 「そんなパターン?どういう意味?」

 はっきりと明言してくれなくてもどかしい。痺れを切らして何が言いたいのか促してみる。パンダくんと狗巻くんが揃って顔を近づけながら人差し指を立てて呟いた。


 「リカだよリカ。に嫉妬してビビらせにきてんじゃねーかと思って」


 リカさん。乙骨くんの大切な人。あの日以来姿は見かけていない。それは当然だけど、どこか寂しい。
 つまり二人が言いたいのは、乙骨くんと仲良くなるほど、リカさんが何かしらの力でわたしに悪意を向けてくるということだろうか。


 「…そんなこと、しないと思うけど」
 「ん?」
 「えっと、リカさんは多分そんなことしないかなって」


 わたしの答えにパンダくんと狗巻くんが首を傾げる。呪いとか霊とかみんなほど理解は深くない。乙骨くんの過去もリカさんのことも、二人に直接訊いたわけでもない。けれどもし、過去に自分をコントロールできずに誰か傷付くようなことがあったとするなら、乙骨くんは深く反省し、その姿を見たリカさんも悲しみに暮れたはずだ。上手く表現できないけど、乙骨くんの愛情を一心に注がれている今のリカさんなら、きっとそんなことはしないと思った。


 「呑気なわたしの希望的観測かもしれないけどね!」


 そもそもわたしは、リカさんに嫉妬されるほどの関係にすらなれていない。
 昨日昇降口前で、久しぶりに彼の目を見て気持ちを伝えることができたばかりだ。自分に都合のいい夢を見たんじゃないかと思って、あの後どうやって食堂まで戻ったのか思い出せない。けれど、部屋に戻って一人冷静になったとき、抱き締めてくれたのも言葉をかけてくれたのもきっと乙骨くんの優しさで、嬉し泣きするわたしをそのままにできなかったからだと思った。自惚れてまた話せない関係になる方が辛い。やっとやっとスタートラインに戻れた。それだけで、今のわたしには充分過ぎるくらい嬉しい現実だった。

 自虐に対して笑われるかと思っていたのに、狗巻くんの目はうるうると今にも泣き出しそうだ。パンダくんもはぁと深いため息をついて、やれやれと首を振っている。

 「なんか…こんなこと言うと憂太に怒られるかもしんないけど」
 「しゃけしゃけ」

 パンダくんが辺りを見渡し人気が無いことを確認してからそっと口を開いた。


 「憂太がなんでに花をあげたくなったかスゲーわかるわ」


 腕を組み、しみじみと頷くパンダくんと狗巻くん。その様子がおかしくて笑ってしまう。乙骨くんをよく知る二人にそう思ってもらえるなら、わたしにとってこんなに嬉しいことはなかった。

 「休み時間に邪魔して悪い。じゃあなー」
 「しゃけ!」

 ちょうどそのとき15時のチャイムが鳴り響いた。あっと口を開けて二人は足早に食堂の出入り口に向かう。

 「はーい。午後も授業頑張ってね」
 「あ、そういえば俺たち今夜から京都校に研修なんだ」
 「研修?」

 前泊してそこから三日間。パンダくんが面倒くさそうに告げる。姉妹校の京都高専。まだお邪魔したことも無ければ、京都校の方と関わったこともない。
 俺たちってことは、きっと2年生全員が研修に行くはずだ。食堂でみんなに会えなくなる。乙骨くんにも三日間―
 せっかく少しずつお話しできるかもしれないと思っていたわたしは、寂しくて残念な気持ちになった。けれどそんなのは自分勝手な思いだ。2年生は勉学と仕事を兼ねて向かうんだから。

 「そうなんだ、気を付けて行ってきてね」
 「しゃけしゃけ」
 「真希ちゃんと乙骨くんにもよろしく」

 そう言って二人の背中を見送った。わたしは自分のお昼ご飯を乗せていたトレーを持ち上げ厨房に戻る。2年生が不在の分、食堂で出すメニューも4人分減らさなくちゃ。そんなことを考えながら、ふと手を止める。
 もしも。もしもまた研修から帰った乙骨くんに冷たくされたらどうしよう。声を掛けてもらえなかったり、視界に入れてもらえなかったらどうしよう。昨日の昇降口での出来事をやっぱり無かったことにしたがっていたら。ぐるぐると嫌な考えが脳裏に浮かぶ。
 ううん、きっと大丈夫。乙骨くんはそんな子じゃない。それはわたしだってよくわかっているはず。帰ってきたらとびきりのご馳走を用意してみんなを労おう。

 知らぬ間にそんな二極の思いに浸食されていたわたしは、自分でも気付かないうちに疲れを溜めてしまっていた。



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