よくよく考えてみればどうしていつも蔵馬はわたしを無理矢理抱かないんだろう。だって力ずくでもしようと思えば出来た筈だ。
 冷徹で、流れる血がトゲトゲのガラスみたいな蔵馬にあるまじき行動じゃないのか、わたしの抵抗如きを受け入れるなんて。わたしの抵抗する態度が雰囲気を台無しにしていたから?きゃあきゃあ言うから?
 そんな態度に呆れてしまったから?まさかそれで毎回萎えさせてたの?(そんなバカな!)

 サディスティックな蔵馬が嫌がるわたしに強要しないのは、なんで?

 隣り合う事を許されてまだ2週間しか経ってない。それでも一般論、男女ってそんなにも早く体を繋げてしまうものなの?今までわたしにはそういう経験はない。だから正直戸惑いもある。痛い、とか聞くし…。
 興味はあるけど多少は怖かったりもする。相手が幾ら初めてじゃないにしても不安だし、自分がどうなってしまうのか全く想像が付かない。第一、裸を見せるのはキスする以上に、見つめられる以上に恥ずかしい事だ。
(胸が大きい訳でもないし、腰だって綺麗にくびれてる訳じゃないし、足太いし、色気ないし、あぁキリがない!)

 それでもきっと、蔵馬の一言で全てを許してしまう自分が居る気がする。体を見せる事の恥ずかしさや、初体験の不安は勿論あってもきっと、委ねてしまう。


 たった一言、好きだとさえ聞ければ全て。



 そして、冒頭の疑問に戻るけれど、それにしても何で蔵馬は無理強いしないの?嫌がるわたしに対しての優しさ?…まさかね。
 抱える悩みと裏腹に、今日もわたしたちは一緒に過ごす。

 「蔵馬ー」

 ガチャ、と扉を開くと蔵馬はソファに横になり気持ちよさそうな寝息を立てていた。いつもなら本を読んでるか、お腹が空いてる時はわたしを待っていて遅いなんて呟くかっていうパターンが多いのに、寝てるなんて珍しい。よっぽど疲れてるのかなぁ。
 わたしは出来るだけ静かに扉を閉めて足音を立てずにソファへ近寄ると、上から蔵馬の寝顔をのぞき込んだ。寝顔を見るのは初めてかもしれなかった。

 あ、まつげ長い。
 閉じられた目はやっぱりつり上がっていて、なんだか本物の狐を思い出した。

 (…なんか、可愛い寝顔)

 いつもの凛とした蔵馬からは想像できないその寝顔は、大人びた空気さえ見せる彼が少年であるかのように錯覚させた。薔薇のムチを振り回して殺気を立てている蔵馬とはまるで正反対だ。他人にこんなにも隙を見せるなんて。自惚れでも、やっぱり彼はわたしを好いてくれてると思ってしまう。
 床に座り込むとまた蔵馬の寝顔を見る。それにしても良く寝てるなー。自然に、その柔らかい銀色の髪に手が伸びた。…蔵馬を撫でる女なんて、なんか、ちょっと、優越感。

 気分良く髪をしばらく触って蔵馬の顔を見つめていると、突然手が横から伸びてきてわたしの腕を掴んだ。


「!?」


 あ、と思った瞬間には視界が反転した。
 何がどうなったのか分からない程素早く蔵馬が起きあがり、腕を掴む蔵馬の手と、もう一方の手は腰に回り、わたしはソファの上に押し倒されていた。え?何で?

 「…あのー、蔵馬さん…わたし、何で押し倒されてるんでしょう…?」
 「撫で回すな」
 「起きてたの!?」
 「あんなに撫で回されれば誰でも起きる」
 「(撫ですぎた!)」
 「の要望に付き合ってやったわけだ、オレにも付き合え」
 「え、ちょっ、待って…!?」

 蔵馬はわたしの両手を掴んでソファに押し付けると、首元へ舌を滑らせた。

 「っ、くら、まっ!やっ…!」

 必死で手を動かそうとしてもビクともしない。 チクリ、と首筋に痛みが走って、それから今度は蔵馬の顔が目の前に来る。深く、口付けられる。

 「…っ……っんぅ…」

 舌が口内に進入してきて、息苦しい程のキス。初めてじゃないけど、まだ慣れないこのキスは好きじゃない。溶けてしまいそうだ、とかそう言う感覚に捕らわれるから。
 目をギュッと閉じて手を握りしめた。


 卑怯だと思う。途中から、狐のくせに狸寝入りだったなんて!蔵馬らしい行動だけどズルイ!
 少しすると唇が離れたから酸素を思い切り取り入れてから目を開くと、蔵馬はわたしを見下ろしていた。少しだけ息切れがする。

 「
 「…何?」
 「いつもが抵抗ばかりで腹立たしい」
 「(出た!わがまま!)」
 「いい加減、観念しろよ」
 「…嫌、だ。」


 言葉を、未だ聞いてないから。



 「オレがいつまでも見逃してやれると思ったら大間違いだ」



 蔵馬は射抜く様な視線で言い放った。
 じゃあ、何で今までは逃がしてたの?薄々こうなる時が来る気がしてはいた。だけど蔵馬は抵抗すると止めてくれてたから。だから少なからずわたしも抵抗すれば止めてくれると思い込んでた節が確かにある。

 「じゃあ、何で今まで見逃してくれてたの?」

 好いてくれてると思うのは自惚れじゃない、と。一緒にいさせてくれるのは自惚れじゃない、と。わたしを欲してくれるのは気持ちがあるからだ、と。
 変な欲が出てしまったわたしが悪くてもいい。こんな事にこだわるわたしがバカでもいい。蔵馬が言葉を発する事で、強い確信が欲しい。



 どうして、好きだと言ってくれないの?