|
恋をして初めて知った。眠れない夜がこんなにも辛いこと。会えない夜が何億光年にも感じること。 「んー…」 元々寝付きがいい方ではないけど、それでも以前はベットに潜ればきちんと眠れていた。明日は何をしよう、何を食べよう。お天気はいいのかな。そんな自分本位の小さな幸せでいっぱいだった。考えているうちにいつの間にか夢へといざなわれていた。 それがいつからか、明日は何してるんだろう、ちゃんとごはんは食べてるだろうか。今彼がいるところの天気はいいのかな。そんな問いかけに変わっていって、毎日幸せには代わりないはずなのに、どうしてか胸が苦しくなることが多くなった。 誰かを好きになると夜の長さも変わったように思う。 「飛影…」 いとしい名前を呟いて天井を見上げる。宵の静けさが一人を際立たせて、一層孤独を感じさせた。飛影。今何してるかなぁ。どうすれば眠れるだろう。かけるはずのお布団に抱きついて思いきり目を瞑る。まぶたの裏に否が応でも浮かぶ見慣れた漆黒の姿に、わたしは途端に泣きたくなって、うーと声にはならない声を上げた。飛影…会いたい。 携帯とか手紙とか、目の前にある次元でやりとりできる相手ならよかった。けれどそれもままならない。声が聴きたくてたまらない夜はわたしの知りうる全ての彼を思い出して、向けられた言葉を刻むように思い返した。一枚だけ手元にある、隣同士で映る写真は宝物だった。 「…ダメだ…ますます眠れない」 思い出すな思い出すなと思っても、心の奥が会いたい会いたいと押し上げてくる。こうなってしまうと居ても立ってもいられなくなって、わたしは疲れを感じているのに眠れない身体を重たい動作で起こす羽目になる。 誰かを好きになって初めて知った。独りがこんなにも辛いこと。会いたくても会えないことが、余計に彼を想わせること。闇に慣れた目で立ち上がる。外の空気を吸おうと思った。 「…う…寒い…」 失敗したなぁ。どうして「失敗する」って想像さえできなかったんだろう。冬に近い今、夜の気温が優しくないことはわかりきってることなのに。身震いする自分の身体を抱きしめるように両手でさする。部屋に居たときはわからなかった月明かりが煌々と輝いていて綺麗だった。そんなわたしを三日月が笑っている。 あれはいつだったかなぁ、飛影が夜空を切るようにわたしの前に現れたことがあった。ニュースで知った流星群を一目見ようとベランダに出たときのことだから、ちょうど一年前くらいの冬。「何をしてる」ってクールなあの声音が夜の帳を支配して、わたしを夢中にした。流星群を見ようと思って、と言ったら 「風邪を引くぞ」 そうそう。飛影は確かそう言ってわたしの心配を……って、あれ? 「…飛影……」 わたしの目の前に、あのときと同じように影が出来る。ベランダの取っ手に器用に着地して、わたしの隣に降り立った。本物?それとも、会えない寂しさが生んだ幻覚?わたしは両目をこすりながら何度も瞬きをして確認する。 「本当に飛影…?」 「寝惚けたか」 「……そうかも」 弱虫の涙腺に気付かれたくなくて、にへって骨のない笑顔になる。頬が緩むって、きっとこういうことだ。わたしはたまらず飛影に抱きついたら、今度こそ涙は我慢できなかった。不意打ちのそれに倒れかけそうになる身体を、飛影はいとも簡単に自分の腕へと閉じ込めてくれた。一生ここから出たくない。そんなことを思いながら、どうかこれが夢ではありませんようにと願う。けれど、わたしはこの匂いを誰よりも知ってる。本物の飛影だった。 「…どうした」 普段よりやさしい声音。耳元の甘い問いかけに「なんでもない」と答えるや否や、埋めた彼の胸元は涙で水気を帯びる。謝って離れようとすると、飛影はわたしの後頭部を掴んで再び顔を埋めさせた。まるで、気にするなって言ってくれてるみたいに。飛影がやさしいと泣きたくなって、飛影に会いたかった分の想いが一気に流れ込んでいく。 飛影は何も言わずにわたしを軽々と持ち上げて部屋に入ると、閉めた扉に寄りかかりながら強く抱きしめ直してくれた。子供みたいに肩を揺らして泣きじゃくる。 「…ひ、え…っいっぱい…考えちゃっ…眠れな、て…ずっと、会いたかった、の…」 嗚咽と涙と嬉しさと、混ざり合って自分でも止められなかった。飛影に抱きしめられてる温かさが涙腺をさらに弱くする。飛影はこんなわたしを嫌いになるどころか「」と名前を呼んで背中をそっとあやすように叩いた。飛影の感触全てが心地よくて、今ならぐっすりと眠ることもできると思う。でも、久しぶりに会えたこの時間を、眠りに費やすことなんかますます出来なかった。 「くしゅん!」 「ほらみろ、そんな薄着で夜風に当たるからだ」 「…違うもん。鼻がムズムズしただけだもん」 「布団に入れ。減らない口は塞ぐぞ」 その声音にビクリと肩を竦める。そんなわたしに満足そうな表情を浮かべている飛影。どうしたら眠れるか。そんな葛藤が気付けばどうしたら眠らずに彼との時間を過ごせるかに変わっていた。 抱きしめたわたしをベッドまで運ぶ。自然と彼を見上げる形になって、その横顔にうっとりした。眠たくないよ、飛影。やさしく降ろされて、さっきまで横になっていたベットにはまだ温もりが残っていた。すると、飛影は然も当然と言うように上着を脱ぎ始める。驚いたわたしが「あ、わわ…ひ、え…!」とつっかえるような言葉を発すると、飛影は口角を上げた。 「何を期待してる?」 「ち、ちがう!してないよ期待なんて!」 「確かめてやろうか」 「あわ…ひ、えい……ん…っ」 くちびるに触れる彼の温もり。あったかい。目を瞑ると、すぐそこに夢が待っているような、そんな…。目の前の飛影がくっと喉で笑ったのがわかって、わたしはすぐに目を開けた。 「意地悪…」 「さっきまで泣きっ面だったのはどこのどいつだ」 言葉とは裏腹に、飛影はわたしの隣に寝そべるとぎゅっと抱き枕のようにきつく抱きしめる。上半身に何も身に着けていない彼の肌から直に心臓の音が聞こえて、それだけで子守唄を聴いている気分になった。飛影が生きている音だ。 すると、お腹のあたりに硬いものが当たっていることに気付いて、わたしの頬は極限まで赤く色づいた。飛、影の…。そんなわたしに気付いてる飛影は、ぐい、とわざとらしくそれを押し当ててくる。 「飛影…エッチ…」 「責任取れ」 責任って…。ま、まるでわたしが飛影を…え、えっちな気分にしたみたいに…!口には出さずに反論した。 さっきまでの一人ぼっちの空間を思い出せば、この小さな反論も幸せの中にある。 「飛影…会いたかったよ。でも、どうしたらいいかわからなくて…」 眠れなかったの。そう言葉を紡ぐと、飛影は片足でわたしの両足に覆いかぶさる。これじゃあ本当に飛影専用の抱き枕みたいだなぁと笑った。泣いたり笑ったり忙しないわたしを、抱きしめていた腕を緩めて飛影の瞳が覗き込む。大きな鋭い目が、カーテンを閉め忘れたおかげでとても温和な月明かりに照らされていた。飛影は珍しく意地悪じゃない表情で微笑んでいた。 「つまらん心配をするな。お前が思えば…いつでも迎えに行く」 「…うん。うん…」 「」 飛影はそっと目を瞑る。二度目の口付けに、そろそろわたしの眠りも本格的なものとなる。恋をして初めて知った。一緒に眠れる温度の愛しさ。会えたときの何物にも変えがたい喜び。 二人で眠りにつく。どうか夢でも会えますように、そう願った。 眠りにつく花 |