日中の柔らかな日差しが踊り場の窓から差し込むと、誰が置いたのかわからない、必要不要の判断もままならない一つの机がぽつりとあった。二階と三階を繋ぐ踊り場に設置された水飲み場の隣に静かに置かれた机は、よく休み時間になるとふざけ合う男の子達の誰かが座るような役割を果たしている。机なのに椅子代わり。いつもなら気にもかけないそんな一瞬の風景だったが、今日だけは意識せざるを得ない状況になった。午前授業後の先客。彼は、群れているようでいつも孤独を好む。


「陣、くん?」


差し込む日差しを味方につけるように、まるで後光に照らされる彼を確認できるまでに若干時間のロスがあった。目を細め、それからゆっくり開きなおすと、やさしいオレンジ色の髪の毛は少しだけ濃く色味を増している。わたしの声に気付いた陣くんは俯いた顔をほんの少し驚かせながら上げた。誰かを待っている様子でもなさそうな彼は、今日も同じ場所に置かれている踊り場の机の上に寄りかかるように足を伸ばしていた。高校3年の春。わたしより一つだけ学年が下の男の子は、学生服に身を包み、体格はもうだいぶ男の人に近付いている。彼の八重歯だけがあどけなさを演出している唯一だった。


先輩」


Yシャツがとても似合う人。陣くんに名前を呼ばれながらそんなことを思った。放たれた第一ボタンから広めに開いた胸元がのぞく。少しだけ袖を捲くり上げて、細く引き締まった腕が逞しかった。…いけない。何を考えているんだ。口をついて出たわけでもない思いに内心で首を振って、わたしは小脇に抱えていた返却用の図書室の本を持ち直し、階段を下りて彼の目の前に立った。


「何してたの?」
「いや、なーんも」
「なぁにそれ」


あっけらかんと笑う陣くん。そんな陣くんにわたしの頬まで綻んだ。のぞく八重歯がやっぱり幼くて、とても魅力的で。彼の後ろにある窓からはやさしい光が一直線に差し込んでいる。テスト期間の為、今週は午前授業が多くほとんどの生徒が帰宅を終えている頃なのに、特別な用事もなくただここでぼんやりと過ごしていたというのだろうか。すごく陣くんらしいと思った。


「そういう先輩こそ、なーにやってただか?」
「わたしは日直です。あとちょっとだけ読書も」
「ふーん」
「陣くんは、帰って勉強しなくていいの?」
「あー…明日は数学だから、余裕?」
「うわっ!嫌味なヤツぅ。数学得意なんてうらやましい!」
「英語以外ならそれなりに」


口でついても実際は屈託の無い笑顔を向けるから全然嫌味なんかじゃなかった。わかっているから、陣くんも拗ねたり怒ったりはしない。そういえばわたしが高校2年で彼が1年生の頃、英語がこの上なく苦手でどうしようもないなんて話をしたっけ。普段愛嬌のある訛り口調からは確かに英語の得意な彼が想像できないと一人ゴチたのを思い出した。あのときはまだ中学校から上がったばかりの少年という形容詞に収まる姿だったなぁ。そんなことを考えていると、口をきゅっと結びながら鼻歌を歌う陣くんがわたしの抱えていた本に気付いて三冊まるごと手に取った。三冊分になると本もいくらか分厚いのに、さすが男の子の手だと思う。


先輩は、これから図書室でおべんきょー?」
「あ、うん。少しだけね。お腹も空いたし」
「あぁ、確かに。腹減ったな」


言われて気付いたような声音を上げながら、ペラペラと適当に本を捲くっていく指がとても綺麗だった。俯きかける頬の上に睫毛の淡い影が出来て、その顔がとても色っぽい。形容詞は、すでに青年かも知れない。気が済んだのだろうか、陣くんは三冊目の本をパタンと閉じると思いきり伸びをした。ふあーあ、と気の抜ける声が聞こえる。すると、そろそろ行くねと声をかけて本を手にしようとした瞬間、彼の大きな手がわたしの手首を掴んだ。


「じ、」
「オレも行く」


かばん持ってくる。そういって、陣くんの手がゆっくりと離れた。去り際にふっと笑いながらぽんと頭にその手が置かれる。わたしは頷くのに精一杯で、高鳴る鼓動を抑えるのに必死だった。掴まれた手首が、髪が、熱を持って仕方ない。窓の外では相変わらず気持ちの良さそうな光が覗いていて、深い青空が広がっている。これから図書室で陣くんと過ごせることを考えると、頬まで赤らんでいくのがわかった。普段どおりを振舞いたいのにとかぶりを振るわたしを彼のいなくなった机だけが、いつもどおりの表情で見つめていた。









Luz.(日光) 2009/04/22