|
「必殺!レインボーサイクロンッ!!」 「やめて傷付くから」 そういって鈴木が心が痛むみたいに両手を胸に当てて乙女のようなポーズをとる。まだノートの開いていた机の上に気にすることなくばさばさと購買で買ってきたパンやおにぎりを落とすと、鈴木は「あーもう、おま…これ食うんだぞ」と声を上げた。 「買ってきてもらっておいて、その態度は何よ」 「それはお前が弱いからだろ」 わたしは前の席の椅子を拝借しながら、鈴木は書きかけだったノートを机の中にしまいながら、言った。すると次第にお昼の放送なる校内放送の優雅な音楽がタイミングよく流れ始める。高校に入って2年。入学当時から変わらないこの昼食時間の音楽は、はじめ聞いたことのない奇抜なメロディーだなぁなんて笑っていたくせに、今では嫌でも耳が覚えて、たまに家にいても口ずさむ自分がいる。何事も慣れというのはおそろしい。午前の授業が終わると同時に喧騒を取り戻した教室でじゃんけんをするようになったことも、負けた方が買った分の昼食を買いに行くようになったことも、それらがすべて鈴木とわたしの二人だけで行われていることも、すべて慣れた。 「ってすげえよな。あの購買の人だかりの中よくこんなに買えるもんだ」 「えっへん!なんたってわたしには、必殺レインボーサイクロンがあるからね!」 「だーかーらー!やめろっつーのその話は!」 どちらからともなく笑い合う。もう何回このやりとりをしているだろう。レインボーサイクロンという呪文のような言葉は鈴木が考え出した幼い頃の必殺技らしい。家庭科の授業で家族や自分の話を発表することがあって、鈴木は迷うことなくポーズまでつけて当時の様子を振り返っていた。それがクラスでは大いにウケて、一時、鈴木にはレインボーマンという捻りないあだ名がつけられるところだった。鈴木いわく使い方は戦隊ヒーローよろしくライバルや敵に遭遇したときに使うんだとか。ちなみにポーズもあるんだけど、これがまたバカみたいにこいつに似合う。 「あの技はピンチのときに一度しか使えないんだよ」 「何それ役立たずの必殺技!諸刃の剣!でもおもしろいから許す」 「え、何なに侮辱?なんでオレがに許される立場なの?」 さっきから随分と上目線じゃない?鈴木がたよりなく問う。わたしはその様子を無視しながら、目の前にある購買での功績を見つめた。…どれにしようかな。我ながら、本当に狙いを定めた品揃えだ。別に決まったものを食べるわけじゃないけど、わたしたちはいつも、なんとなくお互いが食べたい物をわかっているようで。取り合って喧嘩して、購買での嵐のような引っ張り合いは今まで一度だってない。食の趣味が合わないんだと疑ってかかっていたけど、そうでもないみたいだし。わたしがメロンパンの袋を取ると、鈴木はおにぎりの包装を開ける。教室内にはわたしたち以外にも生徒はいて、全開になった窓からは大きな青空ものぞいている。いつもどおりの日常がそこにあった。 「あ、いたいた!鈴木くん」 「かっ、上谷先輩…っ!?」 鈴木は食べかけのおにぎりを変に喉につまらせそうになっていた。三者三様の想いが懸ける。目に見えて、留まる。鈴木の名前を呼ぶとても耳心地のいい丁寧な声音は、ひとつ上の3年生である上谷先輩だ。可憐で清楚で優しくて、文句なしの三拍子を従える彼女は、誰からも憧憬の眼差しを向けられる美人さん。鈴木の、すきなひと。 「また購買のごはんなのね。栄養偏るよ?わたしでよかったらお弁当作るのに」 「あー、いや、その………そんな悪いっス…ハイ」 「照れなくてもいいのに!それにほら、毎回だと出費もね?」 「まあ、確かにそうっすけど…」 照れたように俯く鈴木は借りてきた猫みたいに大人しい。恭しい手つきで頭を掻く鈴木に、上谷先輩は春爛漫な雰囲気でにこにこと微笑んでいる。それを尻目に、けれど気にする素振りなんか絶対に見せずに、わたしはメロンパンを頬張る。はむ、と思わず効果音がつきそうだった。 「けど何よう!わたし料理は得意なんだけどな?」 「はぁ…。いや、でも」 「うん?」 知ってか知らずか。先輩の上目遣いは悔しいくらいに可愛い。わたしは内心、上谷先輩にもう何度、必殺!レインボーサイクロン!と唱えたかわからない。レインボーサイクロンレインボーサイクロンレインボーサイクロンレインボーサイクローンッ!ピンチのときの必殺技。敵やライバルに唱える呪文なんでしょう、鈴木。すると、望んでいないこの状況に、二つ目のパンの袋を開けようとしたそのときだった。 「オレ、昼飯はと食いたいんで…」 ぽろり。口に入らなかったメロンパンの欠片が落ちる。鈴木は男気溢れるすいませんで、上谷先輩の提案を断った。上谷先輩が大好きな鈴木が、上谷先輩の手作り弁当を跳ね除けた。だ、だめだだめだだめだ。ここで頬がにやけたら、今までの全部がパーになる!わたしは心底、メロンパンを思いきり頬張っていてよかったと思う。口の中のパンを飲み込む以外何もできない。すると先輩は鈴木に聞いてほしいとかいうCDを彼に手渡して、何事もなかったかのようなしあわせな笑顔のままわたしたちの教室を出て行った。お花が飛んでいる。まるでわたしが見えないかのように彼女は去った。 「…鈴木」 「…んだよ」 「レインボーサイクロンてすごいんだね」 いつもどおりの日常が彩っていくような気分。わたしの心の内側を知るはずもなく、鈴木の「は?」という声が聞こえる。でもいいよ、嬉しいから許す。 虹色の世界 2009/04/04 |