あまり他人の行動や動向が気になる性質ではないんだけど、幼なじみの誼でつい世話を焼いてしまう。自分ではそう思っていたのに、最近それは言い訳なんじゃないかともう一人の自分が声をかけてくるから、わたしはかぶりを振ってそんなわけはないと笑う。うっかり本人の前で笑ってしまって、あわや変態とあだ名がつくところだった。


「なんだよ…。言いたいことがあるなら言えよな」
「いやー、聞きましたよ凍矢くん。また振ったんだって?」
「………まぁ」


なんとか言葉を紡ぐのに成功したと思ったら、今度は笑っている表情を取り繕うのを忘れてしまって、なんだかとても嫌な女みたいだ。わたしは緩む頬を両手で伸ばしに伸ばし、屋上で隣に立つ凍矢を今一度見つめる。放課後のグラウンドに響く野球部やサッカー部の掛け声をBGMに、凍矢はここにいながらもどこか遠くを見つめている様子だった。きっと告白してそれを断った自分を責めているか、もしくはその女の子のことを考えているんだろう。


「あんたほんとモテるね。王子様?」
「知るかよ。何も頼んでこうなったんじゃない」
「ひゃぁー!言ってみたい!何その台詞!ずるい!」
「あのなぁ…」
「だって、どうして?!一緒に育ってきたのに何が違うのよー!」
「そういう問題じゃないだろ」
「……真面目に返さないでよバカ凍矢…」


凍矢に向けて、それでも、空振りするはずだった軽いパンチはいとも簡単に掴まった。凍矢の手がわたしの手首を掴むと、そのまま重力に従うつもりでいた右手が、下げられてもなお、お互いの手を繋いでいる。凍るなんて漢字を使う名前とは裏腹に、彼の手はわたし以上に温かくてやさしい。特別な意味なんかない。なのでわたしも凍矢も別段緊張はしていない。幼なじみの延長が、今のこの状況を作っている。ただそれだけ。


「かわいい子だった?」
「は?あぁ。…まぁ可愛いんじゃないか」
「まぁまぁばっかり言っちゃって…。なんで振っちゃうかなー」
「仕方ないだろ。全然相手のこと知らねえし、そういう気持ちはないんだから」
「えーそういうもん?わたしだったら嬉しくてオッケーしちゃうかもな」
「それはそれでいいんじゃないか?ただオレにはできないけど」
「もうほんと真面目なんだから!もうちょっとエンジョイしろよ学生生活!」
「充分してるよ。クラスは楽しいし、みんなも、もいるし」


凍矢はわらって当然のように呟いたけど、わたしの心中は穏やかじゃない。どうしてみんなとわたしを区別したのか。その意図が気になって、再び遠くを見据える凍矢に習うように、わたしは遠くのビルよりも更に高い場所で浮かぶ雲を見つめた。手は繋がれたままだ。


「ちなみにさ」
「ん?」
「なんて言って振ったの」


細かく詮索するなんて自分らしくもないと思う。けれど、言い訳がましい最近の自分にいい加減疲れてきたのも事実だった。わたしは雲から凍矢に視線を変える。とても複雑そうな強面の表情が、なんだそんなことかと言っている。口には決して出さないけれど、だてに長い付き合いじゃないからそれぐらいのことはわかる。


「気になるやつがいるから、って」


そのとき、ようやく繋がれていた手が離れた。常套句。そんな文字が過ぎる。言われた女の子はひとたまりもない。意を決して告白するのに期待を込めない人はいない。それを根底から覆す『気になるやつがいるから』。わたしはたまらず、一昨日凍矢に告白して振られた女の子のことを考えてみた。陣や鈴木の情報によると、とても可愛い後輩の女の子だと聞いていた。それは凍矢本人からも聞いたことだから事実なんだろう。彼女の頭の中はきっと今頃「凍矢先輩の気になるやつ」でいっぱいで、友達にも報告しているかも知れない。告白後の健気さと強さが入り混じったようなあの不思議な感覚の中で、きっと彷徨っている最中なんだろうな。…凍矢、恐るべし。例えば自分が凍矢を好きだとして。そう考えて、わたしはすぐに違和感に気付く。


わたしのなかのもうひとりの自分が、それを否定しようとしてこない。そんなはずはない、と思いきり首を振る。すると、隣にいた凍矢が「お前さっきから首振り過ぎ」と生真面目なつっこみを入れてきた。つっこみまで不器用なやつだ。


「オレしばらく恋愛はいい…」
「!う、うんそうだよ!そうしなよ凍矢!」
「…さっきと言ってることちがくないか?」
「そ、そう?」
「…何企んでるんだよ。おい、


寄りかかっていた手すりから、凍矢から。離れて舌を出すのが精一杯だった。あっかんべーと、全然可愛くない仕草。凍矢、きっとそのほうがいいよ。彼の告げた恋愛休止宣告が自分の準備期間だ。好きだといわれたわけでもないのに、わたしはうんうんと心の中で頷く。自分の中ですべての整理がついた頃、凍矢の恋愛復活宣言とタイミングが合えばなおさらいいのに。凍矢が困ったようにいつもの笑顔を浮かべていることに気付くはずもなく、わたしは急いで屋上に続く階段を下りた。なびくスカートを他人事のように見つめながら。






とても、へたくそ 2009/04/01