弱者という一方的な視点から決め付けた表現は好きではないが、敢えて分かり易く伝えるために使用するなら、子供やお年寄りといった世間的に弱い立ち位置に数えられがちな人たちと接するのは元々苦じゃない。委員会柄というのだろうか。日々救護に携わっているからなのか。はたまた持って生まれた性格なのか。
 このところ学園が休みの日には、峠を越えた先の団子屋でとある人物とおち合うのが密かな楽しみだ。浮足立つ気持ちを落ち着かせるよう草鞋の紐をきつめに足首に縛ると、僕の行動を怪しんでいた留三郎と仙蔵が「俺(私)も行く」と言い出し、今日はその二人を振り払うことができなかった。


 「お前、もしかしてこれか?」
 「え?」
 「女だよ、お ん な」


 長閑で吹く風も気持ちがいい。道すがら仙蔵がすらりと長い小指を立て、留三郎がバシッと僕の背中を叩く。今から会いに行く相手の確認をしたいらしい。

 「うん。女性だよ」
 「は?」
 「ほう」

 聞かれたことに答えただけなのに留三郎が口をあんぐりとさせた。一方で仙蔵は「やるな、伊作」と顎に手を当てて一人納得している。やれ見定めてやるとか、後腐れのない付き合いがどうとか指南し始める二人を見てため息を吐いた。こうなることがわかっていたから一人で来たかったのに。

 「いつからの付き合いだ?」
 「んー、もう四月くらい経ったかなぁ」
 「け、結構経つな…進展は?」
 「進展?まぁ、肩を揉んだりするくらいの仲では…」
 「肩ぁ?肩でいいのかお前…」
 「相手の年齢は?」
 「正確にはわからないけど…ご老婦なんだ」
 「老婦?」

 僕からの追加の情報に、仙蔵と留三郎がぴくりと眉を顰めながら立ち止まった。二人は一度顔を見合わせてから「お前…そんな趣味があったのか?」と引き攣った顔で尋ねてくる。


 「…あのね、さっきから酷いよ二人とも」
 「伊作が言い出したんじゃないか」
 「そうだぞ。まさか逢引きの相手がそこまで年上とは…」
 「だからっ!そういう邪なものじゃなくて!」


 先程から何かを誤解し続けている二人を立ち止まりついでに窘める。けれど、全くもって意味を成さない。

 「じゃあどういう関係なんだよ。なぜ俺達に隠す必要がある?」
 「べ、別に隠してたつもりはないけど…」
 「まあ待て留三郎。伊作にもその道に走った理由があるのだ」
 「理由?」
 「ああ。例えば我々六年生が、日頃苦労を掛け過ぎるあまり母性を求め…」
 「だからって老婦は求め過ぎだろ伊作!」

 飛び越えてるじゃないか!留三郎に両肩を掴まれ揺さぶられる。呆れる僕と冗談を本気で受け取る留三郎の反応がおかしくて、仙蔵は最早楽しんでいるとしか思えない。


 「もう違うってば!そもそも喜代さんと僕はそういう関係じゃないから」


 僕の嘆きにも似た反論に、留三郎の手が肩から離れた。まったく。どうして男女が揃えば皆そういう関係しか築けないと思うんだろう。ただ団子屋を目指すだけでこんなにも労力を使う羽目になるなんて。


 「へえ。その女、キヨと言うのか」


 仙蔵が呟いた。聞き流さないのが彼らしいと思う。僕は一度頷いてから、喜代さんについて話し始めた。
 喜代さんは、これから向かう団子屋近くの谷で薬草集めをしていた際、例に漏れず不運発動中でぼろぼろになった僕を助けてくれた恩人のご老婦だ。傷の手当から破れた着衣の代替まで用意してもらい、果てはご老体に鞭を打ち、落とした薬草まですべて拾い上げてくれたのだ。一度御礼を申し出たけど断られ、その代わりに友人になってほしいと頼まれ今日に至る。
 それからと言うもの年の離れた友人となった僕たちは、互いの都合がつく日に団子屋で世間話をしたり、僕が喜代さんに肩叩きをしながら近況を報告したり、喜代さんのお孫さんの話や、趣味である俳句を聞かせてもらうことが多くなった。まるで本当の祖母のような柔らかい雰囲気の喜代さんと、彼女の作る優しい俳句が大好きで、この団子屋で過ごすひと時が癒しでもあった。


 「…なるほどな」
 「夜中に何かを読み耽ってると思ったら…その婆さんの俳句か」
 「そうそう」


 喜代さんが詠んだ俳句の中から気に入った作品を持ち帰り、部屋の文机の引き出しで大切に保管している。読み返すこともあるし、響き過ぎるあまり読み返すことが辛い日もある。そんな行動も同室の留三郎には気付かれていたようだ。

 「そういうことなら、そのご老婦に挨拶だけして私と留三郎は帰るとするか」
 「だな。団子でも食いながら待とう」

 僕と喜代さんの清らかで健全な関係について、ようやく聞き入れてくれた仙蔵と留三郎。あの癒しの時間を誰かに邪魔されるのは僕としても残念なので、二人が納得してくれて良かった。そう思った時だった。

 「ん?」

 団子屋が見えてすぐ、入口前の野点縁台に腰掛ける一人の女性がいた。その人は僕たちと目が合うなり窺うようにこちらに会釈をする。僕の前を歩いていた留三郎と仙蔵がその様子を見て同時に振り返った。

 (テメェ伊作…!!全ッ然婆さんじゃねえじゃねーか!)
 (貴様謀ったな!)
 (ち、違うちがう!!たまたまだよ!あの人は貴代さんじゃな…!)


 「……伊作さん?」


 留三郎の腕が首に回されると驚く間もなく締め上げられる。力のこもった腕を数回叩いて誤解であることを告げているのに、留三郎はちっとも緩める気配がなかった。仙蔵は仙蔵で止めようともしてくれない。
 すると、ぎゃあぎゃあと騒ぐ僕たちを尻目に、件のその人は立ち上がり、僕たち…いや、僕に直接話し掛けてくる。少しだけ不審そうな表情を浮かべ「伊作さん」と確かに僕の名前を呼びながら。
 さすがの留三郎も腕の力を緩め、僕は着衣の乱れを直してから彼女に向き合う。


 「あ、あなたは…?」
 「…祖母の……喜代の孫のです」


 喜代さんのお孫さん。喜代さんの口からはもう何度も聞いたことがある彼女の話。直接お目にかかるのはこれが初めてだ。
 いつも優しくお孫さんの話をする喜代さんのその口ぶりから、一体どんな方なんだろうと考えたこともある。そうして喜代さんには「いつか孫にも、伊作くんのような素敵な殿方と結ばれてほしい」と締めくくられるのが常だった。
 喜代さんには毎度「僕なんか」と謙遜しているくせに、いざ思い巡らせた人物を目の前に僕は何故だか耳が赤くなり、こそばゆい気持ちが込み上げる。次の言葉が出てこなかった。


 「そ、祖母が熱を出して寝込んでしまって…今日は来られないと」
 「喜代さんが?」


 さんが小さく頷く。僕たちと微妙に距離を取り視線を合わせないようにしながら言葉を続ける。

 「老いもあって治りが悪いみたいで…」
 「それを伝えるためににわざわざ…?」
 「はい。あとこれを」

 そう言って手渡されたのは風呂敷に包まれた長方形の何かだった。その厚みですぐに喜代さんの俳句が書かれた短冊だと直感する。
 僕が受け取ると、さんは頭を下げて「それでは」と足早に立ち去ってしまった。その様子を見ていた仙蔵が、彼女に聞こえない距離であることを確認してからぼそりと呟く。


 「…無愛想な娘だな」


 その言葉を聞いた留三郎もうんうんと深く頷いている。
 果たしてそうだろうか。確かに淡々とどこかぶっきらぼうな印象はあるけど、誰だって初対面なら緊張だってするはずだ。ましてやこちらは男が三人。美丈夫と持て囃されることが多い仙蔵と留三郎を前に、さんの立場になれば緊張も殊更感じやすいに違いない。
 僕は仙蔵の言葉にそうかな?とだけ返した。そうして渡された包みを開く。中にはやはり短冊が入っていて、ゆっくりと筆で書かれた喜代さんの文字を目で追いかける。


 逢はぬ日も 待つ喜びや 山笑ふ


 「ほう。なかなかいい句じゃないか」

 二人が唸り、僕も心から同意する。山笑ふは確か春の季語だったはず。山が冬の物寂しい景色から花や新芽によって色付く様子を指している。上の句と中の句から察するに、会えなくても延びた楽しみを思えば…きっとそんな風に喜代さんは今日を詠んだに違いない。
 後ろでこれはああだの、私ならこうするだのと添削を始めた二人をよそに、僕は遠ざかるさんのどこか寂し気な背中を見つめる。気付くと足が動いていた。


 「あっ、おい伊作!?」
 「ごめん二人とも!薬だけ渡してくる!」


 留三郎と仙蔵にそれだけ伝えると、僕はさんが辿った道をなぞるように走り出す。
 「…思慕のはじまりだな」「大いに有り得る」そんな二人のやりとりを僕は知る由もなかった。








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