4:シンデレラ・ステップ


 高専で過ごす好きな時間は、みんなと駄弁る時間と食堂でのひとときだ。
 さんの作る飯は、俺が今までに食ってきたどんな飯よりトップクラスに美味い。って、別に世界中の料理を知ってるわけじゃないし、五条先生に連れて行ってもらった以外に高級店なんか知らないけど。でも、俺と釘崎はマジでそう思ってる。伏黒も、俺たちほどリアクションがデカくないだけで、実はあいつが一番さんの作る飯を好きだと思う。なんとなく。

 「虎杖くん、今日も綺麗に食べてくれてありがとう」

 配膳台にトレーを置いたら、厨房側で洗い物をしているさんと目が合った。その言葉がさんにとっても俺にとっても嬉しい言葉なのがわかるのは、さんの声と口調と笑顔がふんわり柔らかいからだ。

 「今日もマジで美味かったッス!」
 「ありがとう!お米も一粒残らず食べてもらえるから嬉しいよ」

 愛しそうに食器を洗う。悪い事なんかしてないのに秘密を覗かれたみたいな妙な気恥ずかしさがある。話しながらも手を休めることなく仕事をこなすさんは毎日忙しそうだ。でもイライラしてるところを見たことがない。本当にいつも俺たちが食堂に来るのを楽しみに待ってくれてるんだろう。

 「さん、食堂綺麗になってよかったね」

 後ろに人が並んでいないことを確認してから話しかけた。さんは、照れたような、泣きそうな顔で微笑んだ。

 「本当に…みんなのおかげ。ますます頑張らないと」

 感動で胸がいっぱい、そんな表情だ。マジで優しい人なんだと思う。具合が悪くてたまたま飯を残したとしてもきっと自分の料理の腕を責めるような。俺はそんな優しさに付け込んでみたくなる。

 「じゃあさ、早速頑張ってほしいことがあるんだけど」
 「うん?」

 俺の言葉にさんが今度は驚きとほんの少しだけ不安な顔にをした。感情が手に取るようにわかっておもしれえ。じわりと壁際に追い詰められた小動物みたいでかわいい。

 「伏黒が部屋で報告書書いてるんだけど」
 「伏黒くん?」
 「そー。食堂行けなくて悲しんでたから、何か作ってやってくんない?」

 釘崎は外出だから伏黒の分だけでいいからさ。そう言った俺に、さんは水道の水を止めて前掛けで手を拭う。追い詰められたわけじゃない、それがわかって安堵したような顔。次の瞬間、絶対にこの人は優しく笑うだろう。

 「お安い御用だよ」

 ほらな。



 よく地球最後の日に何を食べたいかとか、死ぬ前に食べたい物は何とかそんな話が上がるけど、そのたびに俺は丼物や麺類って答えてた。でも今は間違いなく『さんの作った』が頭に付く。
 トレーに乗ったおにぎり3つと味噌汁、3切れのたくあんを見つめながらそんな考えが過った。ラップをしていても米と海苔と味噌の匂いが嗅覚を誘惑する。たったさっき飯を食べたばかりなのに、さんの「これでいいんだよセット」を目の前に腹が鳴った。拷問だろうこんなの。運んだって食えるのは俺じゃない。伏黒だ。

 「くっそー…」

 食堂に来れないあいつのために依頼したのは自分なのに惨めな気持ちになる。部屋に届けたら運賃として絶対一つ分けてもらおう。

 「あれ、虎杖じゃん」

 何持ってんの。廊下で声をかけてきたのは任務を終えて帰ってきた釘崎だった。いそいそと味噌汁をこぼさないよう運んでいた足取りを不審に思ったのか、俺とトレーを見比べて、それからすぐに大声を上げた。

 「あーー!それさんの作ったおにぎりセットでしょ!?」
 「ちょっ、デカい声出すなって!味噌汁こぼれんだろ!!」
 「ずるいぞ虎杖!自分だけ部屋で食べようなんて…!」
 「ちーがーうって!伏黒!伏黒の!さんにお願いしたんだよ!」

 目をぎらつかせる釘崎にさんの作ったおにぎりセットを今にも奪い取られそうな気がして、トレーをそっと上に持ち上げた。伏黒の名前にピクリと反応して、あいつが何よと言わんばかりだ。ったく…沸騰したヤカンみたいな女だ。伏黒が部屋に缶詰なこと、食堂に行けないことを残念がってたからさんに何か作ってほしいとお願いしたこと。俺はさんに話したときと同じように、順を追って釘崎に説明した。黙って聞いていた釘崎が顎に指を当てて、何やら閃いたような顔を向ける。

 「ねえ虎杖。良い案があるんだけど」

 そういって持ち上げていたトレーを力強く指差す。

 「おにぎり3つあるじゃない。たくあんも」

 言いたいことわかるわよねえ?わざとらしい誘いに、俺の喉がごくりと鳴った。共犯になろう、これはつまりそういうことだろう。
 揺れる心情を察知した体の内側で、宿儺が高笑いしてる気がした。


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