2:あまく蕩け出す胸の痛み


 「ー、開店祝い持ってきたぞー」

 食堂のプレオープン前日、新設された棚に調理器具を戻していると聞き覚えのある声が続いた。カウンター下から立ち上がると、そこにはパンダくん、狗巻くん、真希ちゃんたち2年生がいた。

 「みんな!来てくれたの」

 わたしに気付いた3人がニカッと笑いながら、手に持っていた差し入れを頭上にかざす。

 「これでも食いながら休んでろよ」
 「てかめっちゃ綺麗になってる!」
 「しゃけしゃけ!」

 リフォーム工事を終えた食堂を見渡しながらスゲー!と興奮した様子の3人。わたしも昨日、営業担当さんと現場監督さんと確認がてら初めてリフォーム後の食堂に足を踏み入れて同じような反応だったので、2年生の気持ちはすごくよくわかる。元を知ってる高専のみんなはなおさら室内のオシャレさや明るさの違いに驚くだろう。グループ席は配置を変えて、おひとり様用のカウンター席は山や外の景色が見える大きなガラス窓側に移動した。家具の配置や壁紙、フロアタイル一つ違うだけでこうも雰囲気が変わるなんて。

 「こりゃ憂太が帰ったら驚くぞ」

 シュークリームの入ったビニール袋を受け取り4人分のお茶を淹れていると、3人が頷き合った。憂太。初めて聞く名前だ。

 「同じ2年生の子?」
 「そそ。乙骨憂太。今出張行ってて…夏の終わりくらいに帰ってくる」
 「随分長いのね」
 「人使い荒いからこのガッコ」
 「の料理の美味さも知らないなんて、可哀想なヤツだよ憂太は」
 「しゃーけ」

 予定があるとき以外、ほとんど毎日食堂を利用してくれる2年生にそう言ってもらえるのは有難いことだ。呪術高専内部の方針や詳細はわからないけど、日頃の人手不足、怪我をして帰ってくる危険な任務、家入さんのくまの具合で術師の大変さだけは自分なりに理解していた。まだ学生のうちから出張に駆り出されるということは、乙骨くんという人物が相応に優秀であることの証明だ。
 わたしはみんなのように何かの術は使えないし、多少の呪力を感じ取れるくらいなので(それもここに来るまでは霊感と呼んでいた)、とにかく美味しいと思ってもらえる料理を提供することでしか皆の力になれなかった。

 「じゃあ乙骨くんが帰ってきたら、ご馳走作らなきゃね」

 わたしの言葉に3人は嬉しそうに笑った。同級生の絆を感じてほっこりする。お茶の入ったお湯飲みをそれぞれの前に置くと、2年生が持ってきてくれたシュークリームに思わず目が輝いた。パッケージには春限定桜クリームと書いてある。3人もすぐに袋を開けて頬張り始めた。

 「何が好きかな」
 「ん?憂太?どうだろ。脂身が苦手なんじゃなかったっけ?」
 「だから細いんだよ」
 「おかか」
 「脱いだらすごいんだぞあいつ。真希は知らないだろうけど」

 細マッチョってやつだ。パンダくんの言葉に同性の狗巻くんも頷いている。何気ないやりとりが微笑ましくて自分の学生時代が懐かしかった。

 「なに笑ってる」
 「こんぶ」
 「憂太の細マッチョに反応したな?変態〜」
 「ち、違うちがう!乙骨くんのこと知らないってば!」
 「じゃあなんでニヤけてたんだよ」
 「3人のやりとりにほっこりしただけだよ。学生いいなーって」

 思い返してみると、みんなほどの特筆するような学生時代ではなかったけど。秀でた能力もなければ、情熱を注ぐような部活動もしてこなかった。それでも好きな人に片思いをしたり、クラス替えに恵まれたり、今も続く友人関係を築けたり。誰かに羨ましがられるような学生生活ではなくても、自分なりに青春時代を過ごせたと思う。

 「へー。好きだったヤツでも思い出した?」
 「の好きだった男気になる!」
 「しゃけ!」
 「もう、からかわないでよ…」

 わたしの反応を見た3人はその場で大笑いしている。からかわれてるはずなのに眩しくて、気恥ずかしくて、羨ましかった。いいなぁこういうの。ふと、テーブルの上に置いていた大きなお菓子の缶詰を見て、狗巻くんが不思議そうな顔をしていることに気付いた。真希ちゃんとパンダくんもなんだこれ?と首を傾げている。

 「手紙?」
 「子供たちにお料理を教えていたときに貰ったの」
 「”お姉ちゃんへ。おいしいお野菜、どうもありがとう”」
 「そっちは育てた野菜を配ったときかな」
 「野菜も育ててた!?」

 真希ちゃんが信じられないといった様子でわたしを見やる。
 蕎麦屋に勤めていた頃は、年に一度地域学習の一環で子供たちが職業体験に来てくれていた。2日間5時間ずつ実際に蕎麦屋の接客を担当してもらう。さすがにお客様へのお料理を作ることはさせられなかったけど、従業員の賄い作りやそば打ち体験が人気でいつも定員いっぱいに子供たちが選択してくれていた。手紙は学校に戻ってから、お世話になった企業や個人店に子供たちが書いて送ってくれたものだ。料理人生を歩むわたしの宝物だった。
 野菜は店長夫婦の畑を借りて、好き勝手植えていただけだ。収穫の時期になると例えば芋掘りをしたり、近所の子供たちに野菜をプレゼントしていた。

 「また食堂運営が軌道に乗ったらお料理教室も畑もやりたいんだよね」
 「…働きすぎだろ」
 「子供が好きなんだなは」

 パンダくんの言葉に大きく頷く。昔から子供は好きだ。それはわたし自身が両親を亡くしてお寺育ちなのが影響しているのかもしれない。

 「憂太も子供好きだったよな」
 「しゃけ」
 「お人好しだから。話聞いてると、気が合いそうだよと憂太は」

 どんな子なんだろう。いない間も話題が出たり、級友にこんな風に話してもらえる乙骨くんは、きっとすごく優しい人なんだ。早く4人でいるベストショットを見てみたい。いずれ訪れるその瞬間がまた一つわたしの楽しみに変わる。


 「憂太が帰ったら、にもすぐ紹介するから」


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