「やっ、わわ…う、浦飯く…」

 そんな反応をされるとは思ってもみなかった。まるで無罪を主張する行き場をなくした両の手が、オレをヒーローにも犯罪者にも仕立て上げる。久しぶりの再会がこんな展開になるなんて、授業をフケて空を仰いでいたさっきまでのオレが予想できるはずもねえ。
 唐突に現れたかと思えば、高いところが苦手だと登ってから気付く。間抜けだと表面では呆れて見せたけど、内心は一本取られたなんて浮かれたオレを知ったらはどんな顔をするだろう。
 訪れた沈黙の中での竦んだ肩が上下に呼吸していた。なるべく意識しないように、というよりはほとんど無意識だった。似ているようで全く違う。前者が1なら後者は0だ。の腰に手を回したオレは完全な0だったはずなのに、の反応が全てを1に覆す。
 感じやすいのか?そんな邪な考えもきっと無意識だ。…多分。おそらく。

 「う、浦飯くん…」
 「……」

 まだ新しいタバコを右足で踏みつけた。その異様な敏感さに戸惑いながらも、埒が明かないと踏んだオレはもう一度の腰に手を回す。細い丸み。高所に怯えてか、それとも別の感情からかはわからないが、両目を強く瞑るにだんだんとオレは面白くなってきてしまった。青い空なんかどうでもいい。オレの手の中に命を握られている小動物のようだ。ウサギが命乞いをしているみたいで背筋が震える。自分が何かを支配している言いようのないこの高揚はどう表現すれば正しいのか。冷静な情熱は永遠に届かないと前に誰かが言っていた。その通りだと思う。でもそれが好きな女に対するものなら嫌な気はしない。片手で強く手すりを握り締めながらそんなことを考えた。

 「下見んな」
 「うん…」

 ぎゅっとオレの首にしがみつきながら「ま、まだ?」と嘆くに「まだまだ」とうそぶいて、わざとゆっくり梯子を降りる。やさしさじゃない。オレのエゴに付き合せてるだけだ。それなのに、何も知らない従順なはまるでこの世でオレにしか頼れないかのように身体を預けている。さっきまでとは違う無防備さに可愛いとさえ思う。いつもより速い鼓動も耳にかかる吐息混じりの怯えた声も匂いも、全てオレに伝わっていた。同時によっぽど高所が苦手なんだと知ることができた。

 「おねがいっ…はやく…」

 急かすような声音。失いそうになる理性の手綱をなんとか引っ張り続けながら均衡を保つ。頭も身体も男ってのはどうしてこうも都合の悪い構造なんだろう。耳元でそんな声を出すなっつーの。知られたくない感情を押し殺して平静を装った。会わなかった二ヶ月、お前がいなくても大丈夫だったと繕うように。

 「オメーちゃんと飯食ってんのか?」
 「むぅ…た、食べてるよ!重くて悪かったねーだ!」
 「いや…」

 重い?そうじゃねえ。逆だ逆。コレが健全な高二の女の重さか?言葉が喉まで出掛かってやめた。そんなことを知る由もないが目を開けて誤解したまま反論する。震える腕がオレの首にさらに力を込められる以外はいつもどおりだった。途端に面白くなくなる。
 さっきまでオレの手の中で飼われていたウサギを見たい。オレは再びあの感情に駆られると、の細い腰を抱き寄せて残り数段というところで突然足を止めた。

 「え、う、浦飯くん?」
 「んー?」
 「ど、どうしたの?なんで止まるの?」
 「ちょっと休憩」

 言いながら梯子とオレの間にを挟むような体勢にする。くわえて、落ちないようにオレの右足はの足の間に割って入る。すると「わっ…」と小さく喚き声が聞こえたが構うことなく押し付けた。スカート越しにの感触を覚えて、捕まえた。そう心の中で呟く。
 眉根を寄せるの表情に身体中に優越感が走って、オレは首に巻かれたか細い腕の力を頼りに一瞬だけの腰から手を解いた。自然はオレの右足に跨る形になって、抱きついたままのその姿は正直そそる。
 右ポケットからタバコとライターを取り出して一服しようとしたその時、ようやく耐えられないと言うようなの声音が響いた。

 「わっ、わたしっもももう一人で降りられ…」
 「まぁまぁ。最後まで付き合えって」

 ジタバタと高所で抵抗する。危ねーな…せっかく捕まえたのにまだ逃げようとしやがって。こいつはまだオレの手中にその命があることをわかっていない。まだ一人で生きられると思ってる哀れなウサギだ。飼い慣らしたくて、ぐいと余計に右足で割って入った。それに気付いたが観念したように抵抗を止める。もう逃げられないことに早く気付けよ。オレは出しかけたタバコに火をつけると再びその細い腰に手を回した。
 を梯子に押し付けたまま、煙が当たらないように顔を背ける。校舎の周りに立ち並ぶ民家や遠くの山を見つめながら立ち上る煙に視線を伝わせると、ようやく今日の空が青かったことを思い出した。

 「いい天気だな」
 「う、うん…そうだね…」

 その間中、はずっと恥ずかしそうに項垂れていた。顔を伏せて大人しいままだ。その様子に狩りを終えた充足感に満ち満ちて、オレは真っ直ぐにを見つめた。

 「なぁ恥ずかしい?」

 意地の悪い。蔵馬じゃあるめぇし。
 ゾワリと駆けていく背中の感触が秋晴れの屋上で確かにオレに纏わりついていた。

 「うっ…………うん…」

 瞬間、ぎゅっと腕に力を込めたの顎を持ち上げる。驚いて目を見開くを尻目に、吸いかけのタバコは再び最後の味を知ることもなく放り投げられると、オレの影を落とすのくちびるに自分のソレを惜しげもなく押し付けた。

 「ふ……んんっ……!?」
 「悪ぃ、止まんねーわ」
 「んっ……うら、め…ひ、く…」

 左手に手すりを、右手にの後頭部を抱えながら何度も角度を変えるように口付けた。スカートが揺れて、足の間を割られてオレの右足の上でが身じろぐ。そのたびに理性なんか吹き飛びそうだった。無論オレは大歓迎だが、この体勢のままそんなことをしてしまえば落ちるのは目に見えている。
 本当は満足なんかしていないとのキスにとりあえずの幕を引く。「ぷはぁ」と、水の中から顔を出したような息継ぎが聞こえてくる。肩で息をするを見つめながら、オレはそのまま溺れちまえばいいのにと思った。オレの手で沈めたい。

 「はぁ……はっ…」
 「…着いたぜ」

 ゆっくりと最後の一段を着実に踏んで屋上の床に降りると、の腰から素早く手を離した。いまさらこんな気遣いで時間が戻るわけでもないのにと、どこかで自嘲しながら、オレはへたりと座り込んだからそっと離れる。気付いたように「浦飯くん!」と呼んだに振り返りもせず屋上から出た。







 閉まる扉に凭れ掛かるようにしゃがみ込んだ。右手で口元を覆う。心臓がやけにうるさい。なんだこれは。扉の向こうにあいつがいる。そう思うだけで、さっきまで感じていたの唇が鮮明に思い起こされた。

 「……ちくしょう」

 浦飯くん。その言葉の後に何が紡がれたんだろう。







not beautiful.

薄情な男。そんなレッテルが貼られるかもしれない。