オレの周りにはいない人種だ。でも居心地の悪さを感じたことはないし、苦手を感じるヤツでもない。そう思うほど話したことがないといえばそれまでだが、周囲の信頼とか外見から伝わるあの雰囲気でそれはなんとなくわかる。だからこその「委員長」だ。それなのにどうしてオレは委員長を、を泣かせることしかできねえんだ。あいつの沈んだ顔を思い出すたび、殴られた頬より心が痛む。


「つーわけで、謹慎処分でーす」
「たわけ!反省をしろ反省を!」

謹慎一日目。暇を持て余してばーさんの寺に来てみれば、たまたま居合わせたコエンマにまで早速説教を喰らった。やれただでさえ学業を怠るくせにだの、やれ謹慎なら家で大人しくしていろだの、反省文は書いたのかだの好き勝手言われている。本来ならこの口煩さが1/2で済んだと思うと、随分厄介なときに足を運んじまったなぁと舌打ちした。オレはヘイヘイと気の抜けた返事をするけど、二人は呆れたように小言を繰り返す。言い分がないわけじゃねえが、言い訳なんかするくれえなら死んだ方がマシだ。はじめから喧嘩なんかしねえし、第一オレが連中に手を上げたのは紛れもねー事実だった。謹慎だってオレにとったらサボりの口実みてえなもんだしな。ばばぁやコエンマなんかにわかってたまるかと内心で毒づいて、オレはばーさんの部屋のテレビ前に腰掛けると、当然のように置いてあるゲームに手を伸ばした。そんなオレに、二人がさらに溜め息を深くする。


「少しは退屈を有意義に変えろ幽助」
「充分。オレにとっちゃ謹慎なんか短けェ夏休みも同然」
「まったくおまえってやつは…いいか幽助」
「あん?」
「あたしは喧嘩のためにお前を弟子にしたんじゃない」
「はぁ?」
「一般人相手に大人げないと言ってるんだ」
「うるせーな!向こうが喧嘩売ってくりゃ買うだろフツー」
「だから…その普通とやらがお前と相手じゃ次元が違うだろう」
「知るか。拳だけの単なる喧嘩くれえいいだろ」
「……はぁ」


二人に背中を向けたまま返答する。おそらくばーさんもコエンマも頭を抱えているに違いねえ。だが、そんなことに構うことなく、オレは画面に映されたオープニングを飛ばしてすぐさまゲームに取り組んだ。苛立ちを込めるようにボタンを連打する。表示された対戦相手のバロメーターライフが危険信号を知らせて、それでもオレは反撃の隙を与えない。それはまるで昨日の出来事を思い出させる。


(…なんであいつが泣くんだよ…)


月曜に喧嘩をするはずだった連中。でも、気を逸らせるには充分すぎるほどだった委員長とのやりとり。正直、オレは何一つ後悔していない。ほとんど初めて委員長と会話したことも、喧嘩すっぽかして飯を食いに行ったことも、わざわざ出迎えに来た喧嘩相手を返り討ちにしたことも、何一つだ。それなのに、その先の記憶をできれば思い返したくないと感じている。無我夢中で拳を振るったけど、それは間違っていると訂正の涙をあいつが流したからだ。矛盾なんて死ぬほど抱きたくないオレにとって、このすっきりしない感情を謹慎期間中ずっと持ち合わせながら過ごすことになるなんてまっぴらだった。でも、委員長に合わす顔なんかない。性格からいって会って何か話せるほど器用でもねえし…そんなことを漠然と考えていたら、テレビ画面にはオレの負けを示すKOの赤い文字が。たった二文字の敗北宣言。嘘だろ?と首を傾げたくなったが、対戦相手は勝利のポーズまで決めている。本当に、調子狂うなオイ。


「…ちっ」
「集中できないならとっとと帰んな」
「あんだとババァ!」


ばーさんの憎まれ口に憎まれ口で返す。ゲームごときといえばそれまでだが、いきがったわりに自分自身の負けた姿を見られていたようで気分が悪い。恥ずかしくもある。腐っても口には出さねえけど。


「今のお前に教えることなんか一つもないね」
「幽助、とりあえず頭を冷やせ」
「……もういーよ。けーる」


ポッケに両手を突っ込んで部屋を出た。やれやれと言った声が聞こえた気がするが振り返るのも億劫だった。なんてガキだろう。何を期待してんだオレは。けど、そんな反省する気持ちも今は一切沸き起こらない。別におーよしよしと褒められるなんて思っちゃいねえが(それはそれで腹が立つ)事情を知らない連中に好き勝手言われるのはやっぱり癪に障る。何より後悔なんかしてねえとカッコつけながら昨日のことばかりが頭に浮かぶ腑抜けたテメェが一番気に入らねえ。寺を出て、ばーさんの敷地でもある山を下りながら錆び付いたバス停までの道のりを歩く。蹴飛ばした石ころさえ思うように前に進まない。こうも調子を狂わせるなんて、この先一生ねえことを願った。










「お、浦飯?オメーこんなとこで何やって…」


街に戻ると相変わらず間抜け面した桑原に偶然出くわした。…いや、フツーなら出くわさねえだろ。オレたちは中坊で、そんなオレはガッコからの有難い謹慎処分中。一方で、目の前のコイツはガッコにいねえとおかしいはずだ。しかも昼間っからパチンコ屋の前でまっとうな中坊はウロウロしたりしねえ。呆れたような視線を桑原に突っ返す。


「そりゃこっちの台詞だバカ!オメーこそ昼間っからサボってんじゃねーよ」
「浦飯だけには言われたくねえよ!!」


そのとおり過ぎる言葉を返された。「オレはちょっと早ぇ夏休みだ!」とコエンマやばーさんと同じ台詞を言い放っていがみ合うと、ふいに桑原が視線を逸らす。


「そーいや…」
「あ?」
「さっきよ、駅前で委員長に出くわしたんだよ」
「い、委員長!?」
「しかもジャージ姿で」


委員長。その言葉にの顔が浮かぶ。思わずデカい声を出したオレに通行人が振り返った。いやそれよりも、なんで委員長が駅前に?それこそこんな昼間っからオレや桑原のようなタイプじゃねえのに…委員長がガッコサボるなんてありえねえだろ。あいつの顔は思い浮かぶがサボる姿がまるで想像できない。しかもよりによってジャージ姿って…ますますわかんねー状況だ。そんな思考が停止しているオレの間に合わせて、桑原がゆっくりと口を開いた。


「オメーがどこにいるか知らねえかって尋ねられたぜ?」
「オレ?」
「すげえ形相で息きらしてっから、オレはてっきり浦飯がまた何かやらかしたかと思って…」


もしかしておまえ、謹慎なったのも委員長絡みなんじゃ…。桑原にしては珍しく勘のいいことを言う。否定も肯定もしない。オレはただそのときテメェが一番やりたいことをやった。それだけだ。


「……それいつの話だ」
「んー、30分くらい前だったなぁ?」
「………」
「浦飯?」
「…じゃあな」
「は?あ、オイ!浦飯!?」


ちくしょうちくしょうちくしょう。何やってやがんだ委員長は。オレを探してどうすんだ?昨日の説教の続きか?言い足りなくて……昨日の今日でオレは合わす顔なんかねえ。いやむしろ会いたくねえ。オレは桑原の顔も見ずに歩き出した。驚いた声音を上げるあいつをよそに、頭の中で委員長の割られた植木鉢が映し出される。30分前にオレを探しながら駅前をふらついていた委員長。その行動にどんな意味が込められているかなんて今は考えたくもねえ。それを受け入れられるほど、委員長のあの表情が自分の中で溶けてはいない。それはまだ胸を抉るようにこびり付いて離れないでいた。


(…出くわすなよ……)


情けない願いに呆れるより、今はすがりたい気持ちでいっぱいだ。着慣れたスウェットのポッケに再びぶっきらぼうに手を突っ込んだ。真夏の空には映えない格好に柄の悪さを感じながらとにかく家への帰路を急ぐ。どんな顔で会えば昨日の委員長の涙を綺麗さっぱり消せるってんだ…。もやもやと似合わない感情が渦巻く。こういうことが本当に不得手なんだよなぁ。そう思ったときだ。
歩道橋の向こう、挟んだ道路の向かい側の人物をオレの視界が捉える。


「委員長…」


縋るような視線。その周りには見覚えのある学ランを着た数人の男。あれは確か昨日の…。教室まで押しかけて来た連中とまったく同じ制服だ。その様子に面倒なことになりそうだなと思った。一言で言えばついてない。謹慎を喰らってそうそうにこれかよ…。だが、今なら見なかったことにしてここを離れることだってできる。オレには関係ねえと放っておくことだって。それでも、逃げ出すこともできた足がピタリと止まったのは、意中の人物とはたりと視線がかち合ったからだ。それは昨日見たあの瞳に痛いほどよく似ている。考えるより早く足が動いていた。オレは歩道橋を駆け上がり、数段ずつ飛ばして一目散にの元へと走り寄る。委員長を囲む一人の男の肩をおもむろに掴んだ。



「手ェ離せよ、糞野郎」



ほっとけるワケがねえ。







(秘密のクラスメート 4 20110422)