委員長なんて面と向かって呼ばれていたのは中学時代のことだから、あれからもう5年も経っている。言ってしまえば簡単な、けれどそれなりに成長だってしたはずの5年という月日。変わらない中学時代の友達と地元愛。アットホームで、それでいて家族以上に自分のことを見ていてくれたり。自己主張が下手なわたしさえ、誰一人足手まといと決め付けないでくれた。そんなみんなとの飲み会は、大学に入って初めてのことだった。 「ーっ!こっちこっち!」 「うお!久しぶりだな!大学はどうだ?彼氏はできたかー!」 「、鎌田くん、みんなも久しぶり!」 「遅いぞ委員長ー!」 学校帰り、いつも看板だけは目にしていたけれど赴いたことのなかった居酒屋へ入ると、いらっしゃいませーと威勢のいい声で出迎えられ、予約の名前を告げてお座敷に案内された。先に来て座っていたとは、中学卒業から今までも毎週のように遊んだり買い物に付き合ってもらっていたけど、みんなと会うのは高校2年のときに会って以来だろうか。地元や使う電車は同じはずなのに、年齢を重ねるたび、どんどん友達とも会えなくなるので寂しいものだ。そう思うと中学校という不自由を多く感じていた枠の中も、とてつもない付き合いの宝庫だったんだなぁと思わずにいられなかった。現に、こうして声をかけないとなかなか集まれない飲み会だけど、久しぶりに顔が見られるとまるで同窓会気分で嬉しくなる。お酒はあまり強くないけど、今日はなんだかたくさん飲めそうな気がした。 「座って座って。何飲む?」 「あ、じゃあモスコミュールで」 「OK。すんませーん、モスコミュールくださーい」 「かしこまりましたぁー!」 各テーブルに設置された呼び出し用のベルを押さずとも、お店の店員さんが気持ちのいい大声で注文をかしこまってくれる。着ていたコートを脱ぎながら鎌田くんの隣に座ると、バケツリレーのように取り皿やお箸を渡されるのでおかしかった。注文したモスコミュールのグラスの中でジンジャーエールの炭酸が淡く浮かんでいるのが見えて、取り皿やお箸と同じようにみんなの手から受け取る。すると、お酒に酔っても壁側にもたれかかれる特等席で、どうか席替えがありませんように、と心の中で呟いたときだった。 「よぉ、遅くなって悪ぃ」 久しぶりに聞く、悪びれない彼の声が。ガツンと殴られたように頭の中で響く。まだ口も付けていないモスコミュールに酔うはずもないのに、わたしは一瞬幻聴が聞こえたんだと本気で自分の耳を疑った。 「浦飯!桑原!マジで久しぶりじゃねえかよ!」 「桑ちゃん久々ー!相変わらずの髪型うける!」 「うるせえよ!オレがいねえと始まらねぇだろ!」 「幽助元気!?お店は?商売繁盛してんの?」 「まぁ、ぼちぼちな」 どーもどーもと調子の良さそうな笑顔を浮かべながら、5年ぶりに会う浦飯くんと桑原くんがお座敷へと上がる。彼らの姿と、みんなの名前を呼ぶ声がこれが現実であることを知らせると、わたしは一人顔が赤くなるのを感じ、必死にそれをごまかした。浦飯くん、だ。お座敷に入るなりや他の女の子たちに手を引っ張られる桑原くんを尻目に、浦飯くんはぐんぐんと人の間を割って入る。すると、あまりに直視していたわたしの視線と浦飯くんの視線がはたりとかち合って、一瞬驚いたように、けれど次の瞬間きらきらと目を輝かせながらわたしの方を指さした。 「委員長っ!!?」 「こ、こんにちは…浦飯くん。久しぶり」 少しだけ周りが静まって。でもその3秒後にはどっと笑いが沸き起こった。わたしと浦飯くんの久しぶりの再会にクラスメートがきゃあきゃあ騒ぐ。本物の委員長だよ浦飯。そっか、二人は中学卒業以来なんだ。そんな声が飛び交っている。わたしが委員長と呼ばれる所以は、中学3年のクラスでたまたま学級委員を務めたのがきっかけだった。今と変わらず眼鏡もかけて、みんなには名前よりも委員長と呼ばれることのほうが多かった。なんの捻りもないあだ名の理由も、それでも大好きなクラスメートに呼ばれるなら悪い気なんか全然しなくて、何より彼に、浦飯くんに呼ばれる「委員長」が中学時代、ひそかな喜びでもあった。 「お、なんだよ浦飯。せっかくオレがと隣同士で座ってたのに」 「るせーな。委員長の隣はオレだ」 「まあまあ。男同士隣ってのも見苦しいから、間にが入っちゃいなよ」 「、見苦しいってなんだよ」 「そうだそうだ。オレは見苦しくねえ。いつでも素敵な幽ちゃんだぞー」 悪戯に笑い合いながら、に言われたとおり鎌田くんと浦飯くんの間に腰掛ける。わたしと交代するように壁側特等席に座った浦飯くん。わたしはそちらを振り向けなくて、ただ黙って二人の間でお酒のグラスを見つめていた。幹事であり、クラスで一番気も利く鎌田くんが浦飯は何飲むんだと尋ねる声が頭の上で聞こえる。生、と迷うことなく答えた声がやけに近いことに気がつくと、浦飯くんはわたしの方ににこにことその笑みを向けていた。 「委員長いま何やってんの」 「あ、わたし!?わたしは大学に…」 「あー学生かぁ。昔から頭良かったもんなぁ委員長は」 「そんなことないよ!浦飯くんこそ、今はお仕事?さっきお店って聞こえたけど…」 「気になる?」 「え?」 「教えたら委員長、絶対ェ来る?」 「え、う、うん!もちろんだよ!何やってるの?」 「ラーメン屋。屋台だよん。」 隣の駅前で。そう呟いた声が、5年前より大人びていたことに気付く。屋台でラーメンを作る浦飯くん。屋台自体テレビや雑誌でしか見たことはなかったけど、わたしが想像する彼の働く姿はとてもよく似合っている。違和感なくなんでもこなせそうな浦飯くんにすごいねと本心から出た言葉を口にすると、彼はバツが悪そうに頭を掻いて、そうでもねぇよと謙虚の言葉を並べた。 「にしても、とお前がそんなに仲が良かったなんて知らなかったよ」 生ビールの中ジョッキを浦飯くんに渡しながら鎌田くんが呟いた。浦飯くんはジョッキを受け取りながらいひひと笑っている。 「当然だろ。オレと委員長は秘密の仲なんだよ。な、委員長」 「(ひ、ひみつの仲…?)う、うん。そう、みたい?」 「なんだよ気になるじゃねえかよー!秘密ってのが怪しいよ」 「秘密は秘密だ鎌田。それより乾杯しよーぜ。酒飲みてえ」 「あ、そうだったな。じゃあみんな、それぞれグラス持ってくれ」 各々で話し始めていたみんなに鎌田くんが声をかけると、全員が嬉しそうに自分の分のグラスを手に取った。いよっ!鎌田くーん!なんてヤジまで飛んで、鎌田くんもまんざらじゃなさそうだ。その様子に浦飯くんと笑い合って、鎌田くんの乾杯の音頭にグラスを鳴らし合った。 「皿屋敷中の友情と、浦飯との秘密の仲に、カンパーイ!」 「「「カンパーイ!」」」 「なんだよ秘密の仲ってよお!」 「意味深な発言だなオイ。聞かせろよお二人さーん」 「いやいや。秘密は秘密」 生ビールの泡をくちびるの上につけながら、浦飯くんがえらそうに言った。乾杯を皮切りにみんながみんな自分の席の近くで話し合ったり注文を取り合ったりする。みんなの楽しそうな話し声や笑い声に嬉しくなりながら浦飯くんとも小さく乾杯をした。すると、ふいにかけていた眼鏡が宙に浮くのがわかって、わたしは目を見開く。浦飯くんも、綺麗な瞳を大きく開いている。 「って眼鏡取ると変わるよな。浦飯」 「え、ちょ、ちょっと、鎌田くん?!」 「………」 浦飯くんと同じ生ビール一杯でもう酔ってしまったのか、眼鏡を取り上げたのは鎌田くんだった。わたしは慌てて眼鏡を返してとせがむけど、鎌田くんは浦飯くんの反応を楽しんでいるのか、なかなか返してはくれない。当の浦飯くんは呆れて声が出ないのだろうか、それとも眼鏡のない委員長なんて、と内心で思っているのか定かではないけど、とても気まずそうな顔をして、それからぐいっとジョッキに入っていたビールを一気飲みした。 「んだよ…」 「え?」 「そんな美人になっちまったのな」 そっぽを向く。鎌田くんは予想通りの反応、といった風に喜んで、お腹を抱えてわらっている。わたしといえば、浦飯くんの言葉に対応しきれなくなった頭で懸命に頬の熱を抑える。今、なんて言った?普段の自分とは遠くかけ離れた褒め言葉が聞こえた気がした。 「お、なんだよ知らねえのかよ浦飯。委員長は元々の顔立ちが美人なんだよ」 「桑原くんよくわかってるね。感心、感心。は美人だよ。ほぼすっぴんだし」 前の席で桑原くんとが誇らしそうにそう言った。な、何を言ってるんだろう…。わたしは恥ずかしくて穴があったら入りたい気分だった。浦飯くんが「桑原に言われるとムカツクぜ」と桑原くんを睨んで、二杯目の生ビールを注文する。ようやく鎌田くんの手から返された眼鏡をかけ直すと、わたしは一度咳払いをしてからモスコミュールのグラスに口を付けた。ぴりり、とそのとき初めて炭酸の刺激が舌をくすぐった。 委員長と浦飯くん(多分続きます…) 2009/04/01 |