優しい瞳で笑う恐ろしく悪い人は、わたしの頭にぽんと手を置くと、髪に語りかけるようにそっと撫で上げた。「ここへ来ちゃダメじゃないか。」そういって、また撫でる。どうしよう。気持ちいい。わたしはこのままゆっくりと目を瞑って、彼になら殺されてもいいかも知れないと安易な脳みそで考えていた。仙水忍さん。わたしのすきなひと、の、尊敬する人。高貴な雰囲気を纏う彼がわたしのほんのちっぽけな命を欲しがるとは到底思えないけど、それでも、和らげるような死の感覚をくれる人に出逢ったのは生まれて初めてだった。死ぬことや殺されることはもっと怖いことだと思っていたはずなのに、不思議だ。きっと経験しないと何事もわからないという誰かの教えは間違いではなくて、例えば麻薬やお酒に明け暮れる生活をすれば、初めは誰でもやめられると思って手を出して、こんなふうに、仙水さんが優しく撫でてくれるように、気がつけば抜けられないところまできてしまって病み付きになるんだろう。考えただけでも恐ろしい。けれどこの気持ちのよさは麻薬どうこうの類ではない。もっと、危険だ。そんなわたしを見兼ねたように、となりではぁとため息を吐いた要は、重力に従ってぶらんと垂れ下がっていたわたしの腕を掴むと静かに仙水さんを見つめた。仙水さんは楽しそうにふってわらって、わたしの頭からその綺麗な手を離した。その瞬間「あ…」と名残惜しくなったことは要には一生の秘密。墓まで持っていく覚悟。しかし、そんな覚悟と呼ぶには相応しくない自分勝手な思いは、いとも簡単に終止符を打たれる。

 要がぐっとわたしの腕に力を込めて、

「仙水さん、の、癖になります」

 こいつ、バカだから。そう言った。心ではピシャリとたらいが降ってくるので見事だった。それなのにとなりに立つ黒髪の端正な顔立ちをした17歳の少年は、悪びれる様子もなくひたすらわたしの腕を掴んでいる。ギリギリとまではいわないけど、結構な力だったとこのとき初めて気がついた。(それほどまでに仙水さんのいいこいいこは絶大なのである。)

「刃霧がそんなに執着するのは珍しいな」