みんなを引っ張るというよりは、一人ひとりを如何にして必要最低限且つ最大の利点を持ってして動かすかを考えるのが上手な人だと思った。隊長という響きよりも策士という名詞がとてもよく似合うそうで。馬鹿なわたしにはあまりよくわからないけれど、彼がとても勇敢でかっこいい人だということは知っている。


「蔵馬隊長!美味しい木の実を見つけたであります!」
「ご苦労だったな。捨てろ」


訂正します。わたしは彼がとても冷淡で素っ気なくて、彼のために何かをしても見向きもしない氷のような人だと知っている。そんなことを内心で毒づいていたら、今の今までこちらを振り向きもしなかったくせにギロリと蔵馬隊長がわたしを睨んだ。彼の手からは次の財宝の在り処が書かれた地図のような紙が見えている。この人にはきっと頭の後ろにも目が付いていて、それでいて読心術も心得ているんだろうとそのとき直感した。すると心で思っていたはずの言葉は外にも出ていたらしく、蔵馬隊長は「お前はほんとわかりやすいな」と呟いてから盛大なため息を吐いた。


「それって褒め言葉ですか?」
「あぁ」


やったー!と万歳して喜びを表現すると、蔵馬隊長はやっぱり馬鹿だと降参するように笑う。前に一度、どうしてこの盗賊団には優秀な人材しかいないのかとたずねたことがあって、そのときも蔵馬隊長は何か難しそうな資料を読んでいたけど、めずらしくわたしの方を振り返って的確な答えをくれた。お前みたいなやつは一人で充分だから、と。いささかわたしも褒めすぎですよーと照れていたけど、あとになって黄泉副隊長がそれは褒めてないだろと言った。…あのときのことは未だによくわかっていない。


「蔵馬隊長、休憩にしませんか!」
はいつも休憩みたいなものだろう」
「そうでした!でも美味しいおやつもありますし」
「どんな理由だ」


普段と変わらない不機嫌そうな声色にも関わらず、蔵馬隊長は地図をばさりと床に置いて、隣に来いと綺麗な指で促す。わたしは嬉々として吸い込まれるように彼の隣に座ると、採りたて洗い立ての木の実をテーブルに並べて、順に彼に説明した。先にお前が選べと視線で訴えられてわたしがさくらんぼうのようにつながる可愛い木の実を手に取ると、蔵馬隊長はつまらなそうにその様子を一瞥した。


「いただきまーす!」
「…」
「…あれ、蔵馬隊長もこれがよかったですか?」


そういって大きな口を開ける前に、蔵馬隊長の目の前で木の実をちらつかせる。いくら彼が先に選んでいいと言ってくれても、あくまでわたしは隊の中の下っ端であるのだから、蔵馬隊長がこれを食べたいと言うなら我慢するくらいできる。すると蔵馬隊長は本日二度目の盛大なため息を吐いて頭を抱える仕草をする。


「オレは餓鬼か」


冷たーい視線。そんな顔しなくてもいいのに。それでもわたしが気にすることなく木の実を口にしようとすると、彼の長い指がわたしの腕を力強く掴んでそうさせてくれない。驚くわたしに目もくれず、蔵馬隊長はわたしが持ったままの木の実を自分の口元まで運び、ぺろりとわたしの指ごとその実を口に含んだ。


「なっ、なな何をするんですか…ッ!」
「仕返し」
「仕返しって…わ、わたしはなにも!!?」
「黙れ。実が落ちる」
「自分の手で食べればいいじゃないですかぁー!!」
「なんだ不服か」
「ふっ、不服じゃないですけど、でもっ」
「でもなんだ」
「こんな……恥ずかしいじゃないですか……」
「オレは恥ずかしくない」
「って、…!!話してるときに呑気に食べないでください指まで…っ」
「感じてるのか」
「!?(は、はれんち!)ち、ちが…」
「甘いな。


言いながら最後の実を口に含む。その瞬間、自分の指が彼の綺麗な唇に吸い寄せられていくのが嫌でも見えてしまって身体が強張るのがわかった。蔵馬隊長はとても意地悪な笑みを口元に浮かべながら、わたしの手を離そうとはしない。離すどころかおまけに人差し指と中指の間まで丁寧に舐め上げて、わたしは背中のほうがぞわぞわっとする。なんてエッチなんだろう。普段はこういうことが嫌いそうなすまし顔なのに。それでも色っぽいことも似合ってしまうし、冷たかったり優しかったりまるで掴めない人だ。満足そうに木の実を飲み込む蔵馬隊長の喉仏に思わず目が行った。とても男の人なんだと思った。


「わたしも食べたいです」
「ほう。喰わせてやろうか」
「け、結構です!自分で食べられます!」
「残りも全部お前が食べさせてくれるんだろ?」


そういってわたしの反応を楽しむ。上がった口角と有無を言わせない彼の瞳に掴まったら、もう逃げられない。







2009/03/29 果実と冷水