あなたのおかげで自分を知って、そうして最後にありがとうと言うの。

最初は声だった。声に、滅多に彼は喋らないから、その声を聞いたときにはもう、ほとんど犯されていたのかもしれない。
勿論、好き好んでのこと。彼が無理を強いたわけじゃない。

「あーなたーが望むなら〜わたしっ何をっされてもいいわ〜♪♪」
「……おい、」
「いーけなーい娘だと、噂されてもいい〜♪」
「やかましい」

バカ。そういって蔵馬が再び視線を本へと戻した。マイベストオブ歌姫である百恵ちゃんの歌を口ずさんでいたら、 然も鬱陶しそうな蔵馬の視線に気付いた、けど、歌いたかったから無視を決め込んだのに。呆気なくバカと返されて、 引っ込みのつかなくなったわたしは更に歌い続けることにした。

「恥ずかしそうに〜薄目を開けてー♪初めて秘密ぅ〜打ち明けるーー♪」
「ほぉ…いい度胸だ」
「そばにいれば〜そばにいればーーっなにも怖くないーー♪あーなたーが望…うわぁ!?」
「言うことが聞けない口は塞ぐ」
「ごごごめんなさいもうしません!!」
「初めからそうしろ」
「だってぇ……つまんないんだもん。蔵馬なにか喋ってよう!」

二人で、わたしの家のリビングでのんびりくつろいでいた。会話はなくて、各々好きなことをしながら過ごす。 それでも、蔵馬の隣に居られることが嬉しくて、それで満足してた。最初のうちは。付き合ううちにどんどん貪欲に なっていく。初めは話せるようになるだけで胸はドキドキしていた。満足していた。手を繋ぐようになって彼に少しだけ 触れるようになって、毎日彼に触れたいと思うようになった。抱かれて埋まった距離を知ってからは、もう、蔵馬なしで 生きていたことが信じられなくなった。いつから、もっともっとと願うようになったのだろうか。

このままじゃ嫌われてしまう…求めすぎるあまりに。

「ねえ、蔵馬ってば!」
「うるさい。おまえが喋ってろ」
「だってわたし黙ってなきゃいけないんでしょ?歌えないし、いつもわたしの話はしてるし、もうネタがないよ」
「なら静かにしてればいい」
「ぅー・・・あ!じゃあ、蔵馬の話して?」
「話すようなことはない」
「色々あるでしょ?ほら、えと、魔界での話とか」
「初めて寝た女の話とかか?」
「…っ、そ、そんなの聞きたくない!!」

どっから魔界の話から、初めての女の話になるのだ。わたしが唇を尖らせると、蔵馬は目を細めて綺麗に微笑んだ。 彼がわざと言ったのは頭ではわかってる。こんな風に彼の一言で一喜一憂する自分を楽しんでいることも、 今の彼の表情をみれば全てわかる。ニヤニヤとなにやら楽しそうな目をわたしに投げて、そっと名前を呼んだ。


「なによう」

ちょいちょいと手招かれると、わたしは蔵馬の隣に座る。くっと唇をかみ締めた彼に気付かなかった。 蔵馬のぜんぶがかっこよすぎるあまり、毒づく声もスキなのだからやはり恋は盲目で、あばたもえくぼというやつだ。

「話してやるよ」
「エ!ゃた……っ?」

万歳でもして喜びを表現してやろうと思った。しかし、万歳をするより早く、蔵馬はわたしの体を抱き寄せ、 そのまま耳もとに唇を寄せた。少し冷たい唇の感覚が伝わってくる。 ふぅと、唇の冷たさとは違う、熱い吐息が耳にかかると、自分の身体はそれに反応するかのようにビクンと揺れて、 一瞬のことで何が何だかわからずに、とりあえず抱き寄せられた体を引き離そうとした。 しかし、腰に置かれた手が、余計に締め付けるように力が入り、蔵馬の吐息がじわりと消える頃、別の 感覚が耳朶を刺激して、思わず目を閉じた。目を閉じると余計にソレが何かわかる。 彼の舌だった。ピチャと音が粘膜を刺激している。

「っや…、う」

蔵馬の着ている洋服の胸元を掴んで、ビクビクとふるえる体を止めようとしても、収まらない。 収めて隠してしまおうとすればするほど、気持ちとは裏腹に体の熱は上がるばかりで、 わたしの体はどんどん高鳴り、胸は今では張り裂けそうに打ち続けている。 蔵馬の舌が、まるで全身に触れているような錯覚すら覚える。蔵馬は背中に 回した手を上下にさすりながら、その背中を撫でる感覚すら、わたしには性感帯を煽るだけだった。 そうして、彼もソレを承知だ。わたしのどこが弱いかをよく熟知していた。

「こ、こんなの…は、なしじゃ…っ」
「話してんだろ?」
「っ…ひぁん」

精一杯の振り絞る途切れ途切れの声。それは、蔵馬を煽る一因以外の何物にもならないなんて知る由もない。 けれど、決して自分のように、彼は鼓動を高鳴らせていることは顔にはださない。 自分が煽られているのを知られるのが蔵馬は嫌だった。ぬるぬるとした感触が全身を犯すように思える。 わたしは鼓膜を直に刺激する蔵馬の声と、吐息と、舌先で朦朧とする。はぁ、と熱を帯びた吐息を漏らすと、 蔵馬は確信犯の笑みを見せる。その笑みに気づけないほどに、わたしは何もかもが解らなくなっていた。 舌で攻め立てるのを止めて、蔵馬はわたしを意地悪くみつめた。

「なんの話がいいんだ。あぁ、魔界の話だったか?」
「…ちが、」
「違う?さっきそう言っただろ。魔界ではオレは」
「や…っ、蔵馬、話、ちが」

フルフルと首をふって、蔵馬にすがるような目を向けた。 一緒に居ると次第に触れたくなり、距離を埋めたくなり繋がりたくなる。 一点を見つめて歌い続けていたのは、そんな考えを悟られたくなかったからだ。

「話さないのか?」
「…わたし、蔵馬に…」
「ん?」

どうして欲しいかなんてことはわかりきっている。そう仕向けたのは彼自身。 だから、聞かずともいいことで、元より蔵馬の勘は鋭いのだから、わからない訳がない。 それでも、彼はわたしにに言わせなければ気が済まないのだろう。

「ぁ……蔵馬に、触れてほし…ぃ」

蔵馬をその気にさせるような目と声、全てが熱く、わたしがそっと蔵馬に触れた手も指先から 既に熱を帯びていて、この熱さは今が夏だからなんてそんな理由だけじゃないと思う。 蔵馬は、わたしの腕をひっぱりあげてひょいと軽々抱えると寝室へと向かった。泣きそうになるわたしの耳元で小さく呟いた その声が、わたしの心にまたひとつ花を咲かせるみたいだった。


「オレもだよ、


あなたの胸に抱きとめられて、綺麗な涙をこぼしたい。


Se Lei se l'aspetta.

(あなたが望むなら、わたし)