はぐれた友達を探すよりも早く、わたしの視界が彼を捉えた。いつもと違う着流し姿に我が目を疑う。こんな人ごみの中でも彼だけは簡単に見つけられるなんて、と軽く自嘲してしまう。こんなこと、特別な想いを抱く相手以外に考えられない。想いが増えて大きくなるたび、きっと比例して彼を見つける千里眼もその力を発揮するに違いない。カランコロンと音を鳴らす、不自由になった自分の足元を見つめながら、わたしは心の中でひたすらに友達に謝り続けた。


「うお!?じゃねーか!」
「む?」


わたしが寄りかかっていた石垣の向こう側、大勢の人が行き交う道を隔てて浦飯くんの声が響いた。その声に何人かの通行人が振り返る。近所の神社で行われる毎年恒例の夏祭りに友達と参加していて見事にはぐれたわたしは、その原因とも呼べる履き慣れない下駄と切れた鼻緒に肩を落としていた。せっかくお母さんに浴衣を着付けてもらって足元にも気合を入れてきたのに、慣れないことをしてみたらこのザマだ。けれど、立ち止まってしばらく、偶然にも見慣れた姿が目に飛び込んできて、滅入る気分もどこ吹く風となったのは言うまでもない。本当に、ゲンキンな女だと思う。


「わー…こんにちは。浦飯くん、コエンマさん」
「奇遇だな。お前も夏祭りか」
「はい…でも、」
「どうかしたか?」


人通りが少なくなったのを見計らって片足でケンケンパと移動する。するとすぐに違和感に気付いたコエンマさんが片手に下駄を持つわたしの手首をやさしく掴んで、倒れないようにとゆっくり誘導してくれる。コエンマさんの匂いがすぐそばでして、わたしは思わず顔を赤らめながらお礼をした。夏祭りに合わせて着てきたのだろう彼の浴衣姿が見られるなんてこの上なくしあわせだ。浦飯くんといるときの彼はほとんど洋服姿だったので、和服の彼もとびきり目の保養になる。


「っと、…すみません、ありがとうございます」
「構わんよ。それより下駄は大丈夫か?」
「おめーホントどんくせーな。浴衣に下駄なんて無理な格好するから」
「だって!せっかくのお祭りだから浴衣も下駄も挑戦したかったんだもん…」


浦飯くんの言葉は最もだ。けれど、不貞腐れて言い返したいのは今日がせっかくの夏祭りだから。浦飯くんは女ってホント面倒だなと悪態吐いて、わたしはその姿に自分が情けなくなった。


「冷やかすな幽助。お前こそ風情を楽しまんか。、よく似合っておる」
「!あ、ああありがとございます…ッ!」
「ぎゃははは!わっかりやすいやつぅー」


すると、わたしと浦飯くんの間に挟まれながら、コエンマさんが人差し指を立てて助け舟を出してくれた。浦飯くんのからかう声もなんのその。わたしの耳にはコエンマさんの言葉だけがリフレインされる。似合ってるって言われちゃった…!その一言でさっきまでの憂鬱さは一気に吹き飛んで、今日の為に浴衣と下駄を用意しておいてくれたお母さんに感謝せずにはいられなかった。


「ところで、今日は二人でお祭りに?」
「オイオイやめてくれよこいつと二人とか」
「アホか。そりゃこっちの台詞じゃ」
「え?じゃあ他にも誰かいるの?」
「螢子のヤツが戻って来ねぇんだよ」
「あぁ螢子ちゃんも一緒なんだ!」
「そういうこそ一人で夏祭りか?」
「あっ、違うの。実ははぐれちゃって…」
「はぐれたぁ?」


ハイ…と小さく返事をすると、浦飯くんがやっぱりめんどくせーヤツと言った。コエンマさんといえばくすくすと笑ってらしいなと目を細めている。返す言葉もなくて、思わず俯いた。それより何より、わたしからしてみればコエンマさんと二人きりでお祭りなんて贅沢過ぎるけど。心の中で呟きながら、でも男の人二人だけっていうのも少し盛り上がりに欠けるんだろうかとも考える。きょろきょろと辺りを見渡す浦飯くんに、本当は螢子ちゃんも一緒で嬉しいんだろうなぁと思った。きっと時に強く時に女の子らしい螢子ちゃんのことだから、可愛い浴衣を着てきているんだろう。そんなことを考えていると、わたしの隣にいるコエンマさんと、彼を挟んだ隣にいる浦飯くんが何か話し込んでいる様子だった。


「なぁ、
「うん?」


なな、と小さく肩を窄めてわたしの隣にこそこそと立つと、浦飯くんが内緒話をするみたいに片手を顔のそばで立てる。首を傾げるわたしににやにやと只ならぬ笑顔、と呼ぶには邪悪なそれを向けて話し始めた。コエンマさんは何食わぬ涼しげな顔のまま石垣に背を預けている。


「オレ、螢子探してくっからよ」
「う、うん。いってらっしゃい…?」
「お前コエンマと歩いて来いよ」
「うん……へっ!?」


思わず間抜けな声が出ると、浦飯くんがぶふーっと噴出すように笑った。え、え、と収拾のつかなくなったテスト前のような状態で浦飯くんを見つめると、そういうことだからじゃあな!と大きく手を振ってそのまま人ごみの中へと紛れてしまった。ちょ、ちょっと…


「ま、待ってよー!!」
「…行ったな」
「そ、そんな…」


これじゃあこの間の喫茶店で会ったときと同じ展開じゃないのー!!そういって項垂れるわたしに、ふとコエンマさんが複雑そうな顔をした。ハッと我に返って、お互い見つめ合う。すると数秒もしないうちにコエンマさんが溜め息交じりに呟いた。


「幽助と歩きたかったのか?」
「えっ!?あ、ちち違います全然!」
「そうか、ならいいが」


もしかして、妬いてくれた?そんなはずないことはわかっているくせに、そのつまらなそうに拗ねた顔がとびきり身近に感じられてわたしの心臓が早鐘を打つ。コエンマさんはわたしの返事に満足そうに頷くと、ほれ、と言って片手を差し出した。一瞬なんのことかわからずにコエンマさんの顔と差し出された左手を交互に見つめる。するとすぐに意地悪そうに目を細めて「繋ぐのか、繋がんのか」と天使のような悪魔の選択をわたしに提示した。そんな姿もすごくかっこいい…!


「つ、繋ぎたいです!」
「ぷっ…」


繋ぐのか繋がないのかを問われたのに、その返答はどうかと思う。よくよく考えれば顔から火が出そうなほど恥ずかしい台詞だったけど、このときのわたしにはそんなことさえ冷静に考えることなんか出来なかった。できるわけがない。目の前にある彼の繊細な指を見つめる。ごくりと喉が鳴りそうで、恐る恐る自分の手のひらを重ねた。とても温かい。何事もなかったようにコエンマさんは前を向くと、人が多いなと小さな声で呟いた。夏特有の空気が取り巻く神社の敷地内で、隣にたたずむコエンマさんのこめかみに薄っすらと汗が流れる。本堂まで続く石畳を歩く何人かの女の子が「あの人かっこいい!」と騒ぐ声がしたけど、そのたびコエンマさんと繋がる手に力を込めると、ぎゅっと握り返してくれてくらくらしそうだった。


「妬くなよ、あれくらい」
「!」


何もかも見透かしたような表情のまま、耳元で囁かれた。熱っぽい声の後ろ。嗚呼、祭囃子が聞こえる。




ずるいなつ 2009/08/10