別に寂しいとか簡単に言うほど乙女でもないし、簡単に言えるほど素直でもない。ただ、やっぱりわたしのバイトと向こうの部活のせいで一週間近く連絡が取れないのはさすがに寂しいなあとか思ったりするわけで。柄にもなく素直に、出ないのを承知で電話をかけた。普段の部活でさえ疲れきって電話をかけても寝ていて出れないのに(そうすると早朝に必ず「ごめん」とメールをしてくれるんだけど)、合宿中という過酷なイベントの真っ最中であるのに携帯を傍に置いているとは思えない。もし寝ていたら明日の朝に気を使わせてしまうだろうか、と思ったけれどすでに発信ボタンを押していた。今更切るわけにもいかない。もしかしたら出てくれるかもしれないし…。 そんな事を思いながら、プルル、というコールを聞いていた。だけれどわたしの考えは大きくはずれ、数コール繰り返した後に、「もしもし」という陣の声が聞こえた。絶対に出ないだろう、と思っていたものだから、え、とこっちが呆気に取られた。 『先輩?どうかした?』 「あ、いや、うん…。特に…」 『ふーん。ひょっとして寂しかったとか?』 「…」 『わかりやすいなー』 「う、うるさいよ!」 電話越しだけど、それは数週間前に聞いた彼の声そのもの。向こうで笑うその声にほっとして胸を撫で下ろす。元気みたいでよかった。県内、いや、全国でも注目される集英高校弓道部はやはり練習も相当過酷なものらしく、だからこそ強いのだろうけれど、わたしなんかがやったら一日未満でリタイアするだろうと以前陣に言われたことがあった。そのときの言い方が全然嫌みったらしくなくて、むしろ「女の子がやるもんじゃねえべな」ってすごくやさしく頭を撫でてくれたのを思い出す。余談だけど、うちの弓道部は死々若丸くんや凍矢くんたち「生徒会6人衆」がとても人気を博しているんだって誰かから聞いた。強くてやさしくて人気だなんて、そりゃ女の子が放っておくわけないよなぁ…。 今だって夏休みだというのに(夏休みだからともいうけど)県外に出て合宿をしている。他校との練習試合だのなんだので三、四日は帰ってこないらしい。言うだけならどうってことないけれど、体験している本人達はぞっとするスケジュールなのだろう。けれど、そんなことを微塵にも感じさせないのはやっぱり弓道が好きだからなのだろうか。電話越しに聞えるギャーギャー騒がしい声が何よりもその証拠だと思う。 「賑やかだね、後ろ」 『ん?あぁ、今トランプしてんだ』 「そうなんだ、元気だねー。合宿大変なんじゃないの?」 『今日は練習試合なかったし、午後練はナシだった』 すごいなあ、一応午前中に試合してるのに。しかも合宿は昨日からなわけで、昨日だってみっちり練習したんでしょ?そのパワーはどこから溢れてくるのだろうか。ぜひ聞きたい。電話の向こうで『陣テメー勝ち逃げすんな!もいっかいやれよ!』なんて酔っ払いみたいな叫び声が聞えた。声がなんとなく酎くんっぽい。陣が、はあ、とため息をつくのが聞こえたので、ふふ、と笑って「楽しそうだなあ」と呟くと「疲れた」と陣が苦笑する。扉を閉める音が聞こえて、騒がしかった声が少しフィルターにかかったようにくぐもった。「なんか悪ぃな、うるさくて」と陣が申し訳なさそうに苦笑したから、たぶん彼が戸を閉めたんだろう。それでも騒ぎ声は電話越しのわたしにも聞えた。すごく盛り上がっているようだ。ちょっぴり羨ましい。 『星がきれいだな、こっちは』 すこし沈黙が流れた後に、陣はそう言った。つられてわたしもベランダに出て、空を見上げたけれど、あいにくこちらの夜空では陣が今目にしているものを見る事はできない。 「星…やっぱりここじゃ見えないね」 『都会じゃ無理だべ。あ、流れ星』 「え、うそ!いいなぁ、何かお願いした?」 『しねえよ。一瞬だったし』 「えー!もったいない!わたしなんかお願い事たくさんあるのに…!」 『はは、かわいいべなぁ先輩は』 笑う陣の声に、う、と言葉が詰まった。カッと顔が熱くなる。陣は簡単にそういうことを言う人だ。わたしは毎回顔を赤くする。そして陣はそれを楽しんでいる。電話越しだから陣はわからないはずなのに「先輩、今絶対顔赤いっしょ?」って言うから更に顔が熱くなった。身体を撫でる夜風が気持ちいいのに、顔だけがまるで無風地帯のように熱い。何でわかるの、と聞こうとしたけれどわたしの聞くことなんてお見通しだとでも言うように「先輩はわかりやすいからなあ、さっきも言ったけど」と言った。 「わ、わかりやすくないよ!」 『わかりやすいべ。素直になればもっと可愛いのに』 「…っ!だから何でそういうことを…!」 『あ、』 「な、なに…?」 『オレ、今ね』 「な、なに?どうかしたの…?」 『すんげえ先輩のことぎゅって抱きしめたい』 あー、やばいなー、合宿サボればよかったかも、てかオレも寂しくなってきちゃった、早く合宿終んねえかな。電話の向こうからぶつぶつと言う陣に何もいえなかった。ぽかんとした後、陣が言った“抱きしめたい”という言葉が蘇った。さっき以上に顔に熱が集まる。言葉を出そうにもぱくぱくと口が動くだけで声がでない。まるで金魚のよう(目の前に陣がいたら、きっと笑われるんだろうな。)無言のわたしに「先輩?」と問いかける陣はわたしの様子なんて知ったこっちゃないようで、…ううん、本当はわかっていてそういう風に装っているんだろうけど。どくんどくんと心臓が波打つ。ほんとう陣が目の前にいなくてよかった。いや、いてほしいけど、いたら心臓の音とか顔の熱さとか全部ばれちゃうから。 『合宿終ったら、一日だけ休みがあんだけど』 「…うん」 『まあ、帰ってきた次の日なんだけどさ』 「…うん」 『その日、先輩のこと抱きしめに行ってもい?』 もちろん!なんて、かわいらしく言えたらどれだけいいだろう。しかしわたしの口から出たのは「聞かなくても来るくせに」というなんとも可愛くない返答だ。陣は、ははは、と笑って「だって、ちゃんと先輩の言葉で聞きてえべ?」と言った。もう、なんでそういう恥ずかしいこと簡単に言うんだ。きっと電話の向こうの陣はからかうようにニコニコしているんだろうな。陣が合宿から帰ってきて、わたしをぎゅっと抱きしめて、そんな想像をしただけで頬が緩むのがわかった。 wind of summer |