とてもじゃないけど、わたしが愛されるなんて到底無理な相手だった。それは今も心のどこかで 自分に言い聞かせていることだ。飛影はそれくらいかっこよくて強くて逞しくて、何よりやさしい。 人から見ればちっぽけな(もちろん自分では大事でしょうがない)気持ちさえ平等に愛してくれる。



メリーメリーワールド***




「38度7分…」
「ごめ、なさ…コホッ、…」
「……阿呆」


昔から頼まれてもないことをやらかして失敗するのが得意だった。まだ料理のりの字も知らない頃には フライパンの上に敷いた油に水分たっぷりの魚介類を投入して見事玉砕。掃除をしようと浮かれて鼻歌を歌えば 花瓶に肘をぶつけて仕事を増やす。

迷惑をかけるっていうその道のプロなんじゃないかって真剣に両親に相談したら本気で「大丈夫?」って心配された。 大丈夫じゃないよお父さん、お母さん。あなたの娘はまたやらかしてしまいました。


「これじゃあハイキングも無理っぽいな」
「ゲホッ、うぅ…本当にごめんなさい…」
「いやは悪くねぇよ。それよりマジでオレたちいなくて大丈夫か?」
「う、うん…。大人しく寝てます…」


本当にごめんね。お布団の中で呟くと、浦飯くんの冷たい手が頭を撫でてくれた。すぐ戻るから。 そういって部屋を出て行くと、女の子たちも心配そうにわたしの顔を覗き込んで「待っててね」と 笑ってくれる。桑原くんも蔵馬さんも無理しないで下さいねと声をかけてくれて…なんだか心苦しい。

本当だったら昨日に続いて今日はこのお寺の周りをお散歩するはずだったのに、 昨日みんなと一緒に雪で遊んだのが、こんなかたちで尾を引くなんて思わなかった。 飛影の言うとおり、子供じゃないんだから自分の限界をわきまえるべきだったな…。そんな 遅い後悔に目を瞑る。部屋の前で蔵馬さんの声が聞こえて「あなたの責任でもあるんですよ」と 誰かに言っているのが聞こえた。あぁ…誰も悪くないですよ、本当に。

鴬張りの廊下から人数分の足音が聞こえなくなった頃、ふいに室内に冷気が流れてわたしはうとうとと目を開けた。 障子を開けたのは少し怒ったような顔をした飛影で、静かな境内にはその音がとてもよく響いていた。


「飛影、…行かないの?」
「お前がそんな状態で行けるか」
「…ごめん。ほんとにごめ、ね…」


咽そうになるのをなんとかこらえて謝ると、飛影はゆっくりとこちらに歩いてわたしの横に立った。 見下すような視線を閉ざすと、あれほど風邪を引くなといったのにと書かれている表情のままその場に座る。 そのとおり過ぎてなんの反論もできない。目は口ほどにものを言うっていうけど、本当だ。 熱が出るとどうしてか遅くなる動作はまばたき一つにも影響するようで、わたしはじっくりと一度目を瞑って飛影を見つめる。 すると、ひやりとした感触がおでこに当たって、それが飛影の手であることに気付いた。

…冷たくて気持ちいい。


うっとりともう一度瞼を閉じると、おでこに当てられた飛影の手がやさしく前髪を払う。 いいこいいこされている気分になってとても甘えてる自分がいる。瞑った瞼の裏で昨日のことを思い返した。






本格的に積もり始めた雪にみんなでお庭に出ると、絵本から刳り貫いたような真っ白な世界が広がっていた。 浦飯くん考案の雪合戦を前に、わたしは縁側でお茶を飲んでいる蔵馬さんと飛影に気付いた。 また二人で内緒話をしてー!といいながら駆け寄ると、蔵馬さんは意味深にアハハと笑っていて。 ちょうどそのとき、くらっとしたのは雪に足が取られたからだと思っていた。


『二人はやらないの?雪合戦!』
『うーん、オレは遠慮しておきます』
『そっかぁ…。って、わかった!また内緒話するんでしょー?』
『どうでしょうねぇ、飛影?』
『…オレに振るなと言ったはずだ』
『もーう!二人で何話してたのよう』


ふて腐れるように問い詰めると、飛影がお湯飲みを持ってお茶をすする。蔵馬さんは仕方ないなぁと 眉根を寄せて笑いながら、内緒ですよとウインクをして静かに口を開いた。



『"が可愛い"って、飛影が』



のろけてました。そう悪戯に笑う蔵馬さん。わたしは一気に自分の頬っぺたが赤くなっていくのがわかって、からかう二人に「嘘つき!」と 言うつもりだった。言うつもりだったのに、いつもなら即答で否定するはずの飛影が少しだけ笑っていることに 気付いて、何も言えなかった。そういうことだ、とまるで肯定しているかのようにお湯飲みを置く。

その瞬間、自分の身体が崩れ落ちるみたいにバランスを失うのがわかった。やわらかくわたしを支えたのが 雪だったか、飛影の腕だったかまでは覚えていない。わたしはそのまま静かに意識を手放した。






目を開けると飛影がわたしの目の前にいた。寝ているわたしを組み敷くようにして、飛影がじっとわたしを見つめている。 怒っているのかと思って慌てて起きようとするけど、飛影はそれを阻止するように温かいくちびるをそっとわたしのそれに 押し当てた。身体の熱が上がりそうだ。


「飛、え…コホッ、…風邪、移っちゃ…」
「移せ」


言いながら、飛影はわたしの身体をきつく抱き締めた。わたしと飛影の間にあるお布団が邪魔だと思わせるほど強く。 寒気を感じていた身体は隙間なく抱き締める飛影のおかげでどこかへ吹っ飛んでしまった。 飛影、そう名前を呼ぶと、飛影がやさしく困ったように微笑む。滅多に見ることのない飛影の表情が、 熱よりもさらにわたしの身体を熱くしていくのがわかった。





そばにいてやるから休め。飛影は耳元で囁きながら流れるようにそのくちびるを首筋に這わせる。 くすぐったさで思わず身震いすると、飛影が喉で笑うのが伝わってきた。…このままじゃ、みんなが帰るまでにまた熱が上がりそうだ。 そんなことを考えながら静かに目を閉じると、飛影のくちびるがそっと瞼に落とされたのがわかった。


「飛影」
「どうした」
「熱、上がっちゃいそ…」



そういったわたしにきっと彼は笑ってるんだろう。飛影はいつだってやさしくわたしを愛してくれるんだ。








ホワイトデーも兼ねて久しぶりに甘めです。20090314