「す、すごー!!ひろーい!!」


誰にも知られていないのだろうか、初めて見る雄大な自然の景色に圧巻された。その中に自分がいることがまたさらにの感動に直結したらしい。 すごいね飛影!振り返ってそういうなり同意を求めるわけでもなく満足そうに笑うと、前を向き直って寺に続く階段を一段一段上り始める。 数段上がっては辺りを見渡し、すごいだのなんのと声を上げながら、玄海の残した広大な土地にひたすら感性を研ぎ澄ませているようだった。 前を行く幽助や桑原にキャアキャア騒ぐ女たちが続いて、その列の一番後ろを、オレが続く。ひとりごとのような、それでいてオレに話しかけているようなの口調にオレのさらに後ろを歩く蔵馬が心底おかしそうに肩を震わせていた。


「可愛いですね、飛影?」
「……」


に聞こえないくらいの声でそう呟くと、蔵馬は目線だけを俺に寄越す。 そんなこと、言われなくてもオレが一番わかっている。そう言えればどんなに楽だろう。生憎、気付けば隣を歩く蔵馬のように オレの口は雄弁じゃない。すると押し黙ったままのオレとくすくす笑う蔵馬に気付いたが不思議そうに振り返った。すぐ後ろには寺特有の門構えが厳存している。


「二人でなに内緒話してるのよう!」
「あはは、バレました?」
「バレバレ!わたしも仲間に入れてよー!」
「そんな、過激な内容過ぎてとてもじゃないけどさんには言えません」
「よ、余計気になる…!!もしかして、え、えっちな話…?」
「さぁどうでしょう?男同士ですからね。ね、飛影」
「…オレに振るな」


間抜け面のと、この場にはあまりに不釣合いな笑顔を浮かべる蔵馬に呆れながら最後の一段に足をかける。 突っ立ったままのを追い越して寺の門をくぐれば、先を歩いていた幽助が「遅せェーよ」と声を上げた。 構うことなく境内を一瞥すると、いつもより冷え込んだ空気が風に運ばれる。お世辞にも快晴とは言えない天候が殊更 寒さを助長させていて、オレはふと曇り空を見上げた。


「雪?」


呟くと同時に後ろからの声が聞こえて、飛影ゆき、雪!とこどもみたいに空を仰いでいた。 どうりで天気も優れず、寒さが増すばかりだと感じるわけだ。オレはいつだったかと一緒に雪菜から聞いた話を思い出していた。雪は降る前がいちばん空気を冷ますらしい。


「こりゃ寒ぃはずだよな。早ぇとこ中に入ろうぜ」


幽助の言葉にそれぞれが頷きながら玄海の寺の中へ足を踏み入れた。途中何もない場所で 転びそうになるを片腕で支えてやると、照れたようにありがとうとわらう。鴬張りと呼ばれるらしい廊下を真っ直ぐ突き進んで 本堂へと向かった。











「あれ、飛影」


温かな湯気の立つ部屋でが茶を用意している。部屋の準備に忙しない女たちの輪からこいつが外れていることに気付いて、確認がてら 本堂から離れた別室を覗いたときだった。こぽこぽと人数分の湯飲みに注がれる茶の匂いが部屋中に広がる。 飛影はここで飲む?そう尋ねるに首を振ると、じゃあ一緒に戻ろうと微笑んで言った。何がそんなに嬉しいのか。 オレとは対照的に喜怒哀楽がはっきりしている。が準備をしている間、オレはそんなことを考えながら目を瞑り壁に寄りかかっていた。止みそうにない雪が静かな異世界に連れ込む。 元々音のない人里離れたこの寺がさらにしんとして居心地が良かった。


「お待たせ、飛影」
「…あぁ」


盆に置かれた湯飲みを両手で持ちながら、部屋の入り口に立つオレに声をかけてどちらからともなく本堂へと歩き出した。 広い境内は廊下のみ外と隣接していて薄ら寒さを感じる。それでも、雪菜の言っていた雪は降る前が一番寒いというのは 本当らしく、しんしんと白い玉が降っている間は意外に暖かさが宿っていることに気付いた。


「わぁ…さっきよりもいっぱい降ってきたね」
「この様子じゃ夜は冷えるな」
「うん本当だね。でも積もったらみんなで遊べるね」
「…お前は餓鬼か」
「やだなぁ!餓鬼じゃなくても雪が降ったら嬉しいものだよ飛影!飛影も遊ぼう!」
「オレはやらん」
「えー!……つまんないの」


いじけたようにがくちびるを尖らせる。それなのにどこか嬉しそうで、その目は嬉々としていた。 外の冷気に晒された湯飲みからは部屋に居たときよりも白く湯気が立っていた。静かな世界。ここにまるでオレとしかいないような。



「え?って、ひ、え…」


両手が塞がっているのをいいことに、振り向き様のくちびるに自分のそれを重ねた。いつもよりの温度を感じて、つい貪りたくなる。


「ひ、ひ、ぇ…んっ」
…風邪を引くなよ…」
「んっ、…わ、か…った」


驚きながら、恥ずかしがりながらも律儀に返事をする。唇を離してからくっと噛み殺したように笑うと、は耳まで赤くしながら飛影とオレの名を呼んだ。

本堂に戻ると待ってましたと言わんばかりに全員がの運ぶ茶に縋りついてくる。一気に飲み干して「美味い!」と叫ぶ幽助が、今度は厚着に着替えて何やら準備をし出す。 雪も積もってきたし外ではしゃがねぇとな!そういうと手袋をはめて一番乗りで庭へ飛び出た。蔵馬とオレが苦笑する中、 を含めた全員が幽助に賛成の色を見せていた。





冬日の囁き