そのときはわらっていたけど、引きつる頬がとても辛かった。あまり飛影が他人に干渉したり誰かを特別気にかける姿を 見たことがなかったから、驚きとともにどこか寂しさにも似たもやもやが心臓のあたりで広がる。 まるで労わるように雪菜ちゃんに接しているのがわかって、そのたびもやもやは雲行きをあやしくしていくのがわかった。 あくまでこれはわたしの勝手な思い込みで一方的な気持ちだから、初めて出くわしたそういう場面に対応し切れなかった。 そういった方が正しいかも知れない。うらやましいなんて子供じみたことが言えたら、どんなに楽なんだろう。


さん、眉間にしわが」
「え!?」
「お前わかりやすいヤツだなー」


蔵馬さんと浦飯くんが少しだけ困った顔をしながらわたしに声をかける。眉と眉の間に深く刻まれているそれに 言われて初めて気が付くと、ごしごしと指で伸ばしてなんとか平静を装った。多分2人にはバレているから隠すことも ないんだろうけど、このままだとほんとに嫌な女になりそうで怖い。いつだって飛影が嬉しいとわたしも嬉しいはずのに、 どこか素直に喜べないわたしがいるからだ。ひとりじゃなくてよかったと心底思うほど、 今のわたしの頭や身体の中はどろどろした感情が渦巻いて苦しかった。もしもこの場にひとりだったら、よくわからないまま 泣いていたと思う。


「彼女は飛影の妹なんです」


さんのそれとは違います。そういった蔵馬さんにはいとだけ返事をすると、わかっているはずの言葉は全身を駈け巡った。 沁みこむように響いたたった一言で、自分を嫌う一歩手前は安堵にも似たため息が出る。 取り返しのつかない思いや言葉で飛影を責める前に、わたしと彼以外の冷静に物事を見られる立場にある存在に そう言ってもらえて良かった。最初から、飛影の気の置けない彼女は、わたしに対する感情と違うことくらいわかっていたはずだ。 それを承知でここに連れてきてもらったのに、なんてちっぽけな決意だろう。悲しいを通り越してくやしい。 いつもは飛影の前でなんでも理解ある素振りを見せているくせに、これじゃあ嫌われたってなんの文句も言えない。 彼の必然的な運命の中、努力で手に入れたすてきな瞬間だというのに。 喜びも悲しみもいっしょにあると言ったのはわたしだ。彼のあんなにしあわせそうな姿を見れるのなら、もう何もいらない。


「ありがとう蔵馬さん」
「どういたしまして」


さっきまで震えそうだった声ははっきりと音を紡ぐ。するとうれしそうに蔵馬さんがわらって、となりにいる浦飯くんも どこかホッとしたような顔色を浮かべていた。深く息を吸って出た息は、ため息のようにどろどろしたものなんかじゃない。 霧が晴れてようやく絶景を拝めた気分と酷似していて、それは普段ささやくどんな愛のことばだって、嘘じゃないって誓えるみたいだった。 桑原くんと雪菜ちゃんがなにやら楽しそうに談笑していて、その合間を縫うように飛影が静かに戻ってきた。


「よぉ、おめーがいない間の眉間のしわが「わぁー!!うるさいよ浦飯く!!」
「…なんだ一体」
「いえこっちの話ですよ」


開口一番浦飯くんが飛影に声をかけて、わたしは慌てて自分の声をかぶせた。両手を頭の後ろで組みながら意地悪そうに、 でもおかしそうにわらう浦飯くんと、金魚のようにくちをパクパクさせて赤面するわたしに飛影が呆れた様子で 疑問符を浮かべている。蔵馬さんは相変わらず困った様子で微笑みながら小さく首を振っていた。


「僕も挨拶してきていいですか?」
「勝手にしろ」
「じゃあ遠慮なく。行きますよ幽助」
「え?お、おお」


蔵馬さんに呼ばれた浦飯くんがひらりとわたしをかわすと、2人とも雪菜ちゃんたちのところへ向かう。 その後姿を見つめながらひょっとして気を利かせてくれたのかもしれないと頭を過ぎったけれど、 さっきまで妬いていた張本人を前にどこか緊張してぎこちなくなる。訪れた沈黙に何か言おうと考えれば考えるほど 焦ってしまって、目を泳がせてしどろもどろになるわたしに飛影の視線が痛かった。耐え切れなくなった わたしはぎゅっと目を瞑って気の利いたひとことでも言ってあげたいのに、思い浮かぶのはどれも陳腐な言葉ばかりだった。


「よかったねひえいひさしぶりに雪菜ちゃんにあえて!!」
「おい」
「き、きょうだい、は、ずっとずっと切れない縁で結ばれてるからきっと大丈「


誰にも見えないところで手首を掴むと、飛影のくちびるがゆっくりとわたしのなまえを呼んだ。低くてきれいな声に 思わずびくりと身をすくめて、ようやく漆黒の瞳と合ってバカみたいに恥ずかしかった。何を言ってるんだと 聞きたそうな飛影の首元に視線をずらしながら言葉を続ける。


「……わたし、は、血の繋がりもないし、ずっと一緒にいられるわけじゃないからちょっとだけ怖くなったの。 …飛影がうれしそうなのに素直に喜べなくて、そんな自分がこわくて、もやもやもやもやして…。 でもすきだから同じ気持ちでいたいのはほんとうだよ。雪菜ちゃんがすきなのもほんとう。勝手に寂しくなったのもほんとう。 …ごめんなさい飛影…」


どうか、怒らないで。うなだれたわたしの顔をのぞきこむように飛影の指がわたしのあごをとらえた。凛々しい眼差し。 いつだってその瞳から強さが失われることはなくて、わたしもそうなれたらといつも願うはずのに、現実はこの有様だ。 潤すように目に涙がたまってくるのがわかって視界がぼやけそうになるのを堪えていたら、溢れたそれがいよいよ頬を伝った。 瞬きすることさえ忘れるほど、飛影のことになると自分の中がいっぱいになる。言葉を紡ごうとする飛影より先に、 わたしは両目を瞑ってその動きを遮った。耳を塞がなければ意味がないのに、そう気付いた瞬間、温かいものがそっと くちびるに触れる。


「飛、え」
「だったら永遠に俺の隣にいればいいことだ」


飛影の声。目を開けようとしたら、まぶたにも同じ温度を感じる。あごに置いた手で頬を包むと、飛影の親指が静かに 涙のあとをなぞった。やさしい感触にたまらなくなって、わたしの視界はやっぱりぼやける羽目になった。





溶けるくらいキミ




「泣くなみっともない」
「だっ、て…」

あなたの温度がいとおしい。                   (飛影夢に拍手してくださったみなさまへ!ありがとうございます! 20080609)