(聞いてないよヨシズミ!)



I don't know that today is
この14日間といえば元々イライラするようにできてたんじゃないだろうか。 ハゲ散らかしたコノヤロウな上司に使いっぱしりにされてやれコピーだ書類整理だのと忙しく、 同僚のおんなのこたちでデモでも企ててやろうじゃないの!と強く意気込んでいたぐらいだった。メーデーメーデー!★ けれど忙しいときほど時間は進むのが早い。「あっ」という間に、いやむしろいう前に会社の忙しさは事を終えた。 そしてもちろんデモ行進というまるで計画性の無いおんなのこたちとの話ですらもう誰も覚えてはいなかった。 一人暮らしをはじめてでもやっぱりひとりはとっても寂しいなぁと感じてすぐに飼うことを決めた猫のペケとも なかなか遊んであげることができなかった。哀しくなって昨日の夜はペケのだいすきな猫缶スペシャル≪まぐろ≫を買って帰った。(喜んで食べてたよ!ごめんねペケ) 気がかりはそれだけじゃあない。実に14日間に及ぶ多忙な日々。この2週間だいすきな彼との連絡でさえ簡易的なものに変わり疎かになっていた。 おいJKO!(会社の名前です。お客様のニーズにお応えする会社ですにこり!)じゃなくて2週間! だいすきなひととの連絡さえ簡易的にさせたこの2週間、これは長いぞ!聞いてんのかハゲ本!(同僚間での上司のあだ名)

rainy.

3日連休というまさにGW以来の梅雨の連休に嬉しさを抑えられずにはいられない。昨晩ようやくフィンクスに 仕事が落ち着いたことを報告するとしばらく返事は返って来なかった。ひょっとして忘れられてるかな、とか、もう別に すきなひとができちゃったかなあなんて考えて、連休前日から顔が蒼ざめそうになったけど、 彼専用の着うたがけたたましく部屋に鳴り響いたとほぼ同時に、急いでお風呂から出てタオルを巻き、携帯を手にとる。久しぶりの電話だった。 メールで話したはずの会話も、本人の声を聞きながら話すと全然違う話に聞こえる。わたしたちはほんとうによく話した。 この逢えない期間での話をやたら楽しそうに。だって実際楽しかったのだ、フィンクスの声が聞けて、彼から電話が来て。 一日では終わらなさそうな電話をどちらから切ることもなく、けれどこのままでは埒が明かないと先頭きったのはフィンクスの方だった。

「明日来れば?」

そして今日に至る。空は今にも泣き出しそうだったけど、心は晴れ晴れしている。るんるんだ。デモを企てようとしていたあの頃が懐かしい。 (つい一週間前だけど)あの忙しさがなければ今日という日が来なかった、というなら、ハゲ本にも少しくらいは感謝してみようかな。 そんなことを思いながら鏡の前でよし、と気合をいれる。久しぶりだフィンクスに逢えるの。昨日お布団に入ってからずっとわくわくとどきどきしている。 買ったばかりのワンピースを着てカーディガンを羽織る。メイクも1時間かけて頑張ったし、チークも、いちばんすきなやつをつけた。 お気に入りのダークピンクのミュールを履いていざ外に出る。彼と、彼の仲間たちがアジトと呼ぶオンボロの、けれど中は案外普通な 建物へと歩みを進める。いやあなんだかいいねこういうの。頬が緩んでにっこにこになってしまってだらしないとは思いつつもそれを 直すことが出来なかった。すこし大きな道に出て車がぶるるるる、と音を立ててたくさん走っていた。信号がパッと青に変わった瞬間、 ぽつ、と何かの感触が髪の毛に触れる。

「雨?」

空を見上げると大量に水気を含んでいる雲がもくもくとある。彼のとこに着くまではマジで降らないでくださいお願いしますいやまじでまじで! と心で呟くが、その間にも地面には点々と模様が出来ていく。と、次の瞬間――

ザアァァァァ―――

ぎゃあああああぁぁぁあああぁ!!!!!ちょ、神様お祈り聞いてた!!?無視か!?完全無視か!?すげえな最悪だこれ一番最悪だ!!! 新品で、ほとんどフィンクスに見てもらいたくて買ったワンピースがみるみるうちに水気を含んで肌に張り付く。あっというまにできた 水たまりにミュールだって泥をはねるしこれは最悪だ。急な雨に視界を奪われて、おでこに右手をくっつけながら走る。 髪の毛から零れ落ちる水滴だけはなんとか防いで、メイクだけは無事のようだけど、それにしても。

「いやいやないから。こんなこと聞いてないだってヨシズミ晴れって言ってたもん」

ぶつぶつ呟きながら屋根のある家の下を見つけては走る。そんなことを繰り返しどうにか人気の少ない場所に辿り着いた。 もうすぐあの建物に着く。重くなったワンピースの裾を雑巾のように軽く絞るっただけで大量に水が落ちてきた。 ぼとととと、雨音にも似たそれを見てわたしは軽くため息を吐いて、14日間の多忙な職務、飼い猫に構えない辛さ、 彼とさえ連絡がままならないどうしようもない寂しさ‥それらに絶えてきた苦労をこの連休初日でいともあっさり断ち切られたかのようだった。 天気予報士桑腹ヨシズミ(36歳)の「今日は一日曇りでしょう」発言を思い出す。 そしてなぜかハゲ散らかした気に入らない上司加根本義純(52歳)の「くんこれもコピーね」を思い出した。ふと、そういえばふたりは同じ名前だったということに気付く。


「Wヨシズミィィィィイイイイイイイ!!!!」


当たらぬ天気予報士と上司の下の名前を心置きなく叫んですべての憎しみを込めると再びアジトへと走り出した。





「久しぶり、ってうお!?」
「ひさしぶりー」

自分自身のすべてが雨のせいでてろんてろんになったおかげで2週間ぶりの再会どころではない。 動くたび床に小さな水たまりを作るにフィンクスはおい!?と気の抜けた声をあげるがすぐに洗面所まで行き、大きなタオルを差し出した。

「んだよその格好」
「Wヨシズミの呪いよ」
「は?」

呪い?と不思議そうなフィンクスにハッと我に帰った。なんでもないと!と首を振った後、 久しぶりだねと微笑む。フェイタンみたいなこと言ってんじゃねえよと苦笑した彼にもぷっと笑った。この部屋の匂い、ほんとにひさしぶりだなぁ。 思い切り吸い込んではぁ、と息を吐く。フィンクスはタオルをの手から取り上げるとわしゃわしゃと髪の毛を拭きはじめた。

「わ、フィン!?」
「お前これダメな。風呂入れ」

俺の服貸してやるからよ。「い、」いの?そう呟くより先にフィンクスが冷え切ったの唇に触れる。

「連絡よこせよ」

かっこいいと思った。フィンクスが優しくてドキドキしちゃうからいけないんだ。どんなに辛くても寂しくても仕事が頑張れてしまう。 弱音を吐きたくても絶妙のタイミングですべてを忘れさせてしまう。電話だってしようと思えばできた。 けれどしなかったのは彼を濡らすわけにはいかないことはもちろん、いつもわたしばかりしあわせになってしまうから。 久しぶりに逢える今日だけでもわたしが喜ばせてあげたい、わたしから逢いにいってフィンクスが嬉しくなってくれたら いいなあって思ったからだ。

「お、お風呂借りるね!」

恥ずかし紛れに頭からかぶったタオルで顔を隠した。捲くし立てるようにそういってフィンクスの横を通る。途中ぽたぽた落ちる 水滴に滑りそうになって、うわ!とかおぎゃあ!とか品の無い声をあげて余計に恥ずかしくなったけどフィンクスが おかしそうに笑ってたからまあよしとしようかな。


「…なあに」

「下着透けてんぞ」
「!!!」

フィンクスがまた嬉しそうに笑う。から、わたしすごく、こうむねのあたりがきゅうんてなる。ふと、今日もペケに猫缶スペシャルをかっていこうかなと思った。



優しい雨が降る
(雨が降っても忙しくっても、おんなのこって嬉しさ2倍になれる特権があるんだよ!)