電化製品の接続や配線、世の中にある薬品の数はもちろん、万病の数やわたしが働いている会社の動向さえ熟知してるわけじゃない。 唯でさえこの世の中にはわたしの知らないことで溢れかえり、それはゴミ収集車を寝過ごして家に溜まっていくゴミのように散乱し、 知らないことは沢山あるんだな、とさっきまで考えていたことさえすぐさま忘れてしまう。どうでもよくないことのようで実際は きっと然程気にしてはいない。いやむしろどうでもいいのだろう。普段の自分にはきっと関係がないんだ、そう軽く思っている。 しかしそんな考えはこのカラリストと大々的に書かれた表紙の分厚い本の中身を見ることによって不安と焦りを感じざるを得ない 状況となった。知らないことは多い、その一角のうちの一つとも言うべきその本には、それはそれは様々な、見たことも無いような 色の種類が事細かに記載されていた。


「フェイタンは何色がスキ?」


ほほう、と頷かずにはいられない。呆気にとられるほど膨大な数の色が載っている云わば色見本ともいえるそれを片手にフェイタンに尋ねてみた。 隣にいる彼といえば正面にある大きな椅子に深く腰掛けている。その物腰は静かで、すべての万物を悟っているようだった。 思えばわたしは彼のすきな色さえ知らないんだなあ。 気にしないから知らない、知らないから覚える気もない、覚える気が初めからないのですぐさま知らなかったことさえ忘れる。 そんな気付かぬうちの自分の中の悪循環がこうも侵食していることにさえ知れなかったのだ。そしてそのままでいいと思って 生きてきた自分自身という人間にだからこそ、彼の今の視線は存在している。 普段はそんなこと気にも留めないお前がなぜ今日に限って下らない質問を投げかけてくるのか、と。 さすがのわたしもそれぐらいには気付けるよフェイタン。痛い、いたいよわたしただ質問してるだけですよ! 不機嫌な彼をよそにわたしは促すように彼に再度尋ねてみた。

「青?紅?黒?」
、なぜ全て暗い原色か」

空のように澄んだ蒼ではなく闇夜に月明かりが浮かぶような紺にも似た青、嬉々としたピンクにも近い赤ではなく バラのように棘を持った紅、煌々と星空輝く夜空ではなくすべてを飲み込むような漆黒、暗くて触れずともわかる 真冬のコンクリートのような冷たさを持つ原色を勝手に思い浮かべていたらフェイタンが怪訝そうに眉間に皺を寄せ呟いた。

「だってフェイ、暗い色好きそう」
「嫌いではないね」

読んでいた本をパタンと閉じるとフェイタンはその上に肘を付きどこか遠くを見るような目で何かを考え始める。 蝋燭の明かりだけが頼りのこの部屋でそれはすごく妖艶でその色っぽい唇にキスしたいなあと不覚にも思ってしまう。 ゆらゆら、ゆらゆら。はっとして 変態かわたしは!と自分を軽く戒めるかのように頬を叩いたら、それに気付いたフェイタンがクスリとあの独特な笑みを浮かべた。

「‥白」
「え‥?」

意外な言葉にわたしは驚きを隠せなかった。白って、と。正直彼のイメージにはない。鋭利な刃物とか(!) 鮮血とか(!)闇夜での拷問とか(!!!)そんな印象が強いフェイに限って、純真無垢、染まらぬパレット、 ウエディングドレスにふかふかのベッド。連想されるすべての白へのイメージとわたしの中の彼のイメージが 同じ羅列に並ぶことはまずない。少なからずわたしの無知さでは二つを連結させるカタチはまるで見えてこなかった。 そういった脳を生憎持ち合わせていないことが少し歯痒いが、どう考えても普段の彼を知るものならば 百歩譲って灰色だろう。フェイタンはそんなわたしに気付いてか苦笑すると再び本を開いて読み直す。揺れる炎が また一段と蝋を溶かした。

「フェイほんと?」
「そうね」
「嘘じゃない?」
「嘘ついて何のメリトがあるか」
「そうだけど‥」

視線は相変わらず本に向けたままわたしの問いかけに答えるフェイタン。嘘ではなさそうだけど、でも、意外だなぁと思う。 (失礼かな)日頃の戦闘やそれに伴う鮮血で、もうすっかり淀んだ色には興味がなくなったのだろうか。そもそも、 色の話に執着しすぎているわたしに問題があるのかも知れない。けれどこれはただ単純に、フェイタンの唇が艶っぽければ キスしたいな触れてみたいなと当たり前のように感じることと一緒で、ただただ彼のすきないろを知りたいという すきなひとを想うおんなのこ一般の、至極当然のことなのだ。言い換えればフェイタンのことを知りたいと執着はしているが 決してこの話だけに執着しているわけではない。

「なんでフェイは白がスキなの?」

わたしの問いにフェイタンはきょとんとしていて。理由なしにスキなのか、それともやはり嘘なのか。 必要性の無い話や理由を嫌うフェイタンだからこそそれなりに白をすきな経緯があるんだと思った。 首を傾げながらフェイタンの前に座るあたしにふっと、彼が妖しげに微笑んだ。ぞくり、と心地好い感覚が背筋を襲う。 耳元にいくつもの卑猥な言葉を並べてそっと呟かれ、はあはあと彼の背中にしがみつくことしか出来ない あの感覚と酷似していた。彼はわたしに好きな色ひとつ教えるだけでこんなにもわたしをどうしようもない気持ちにすることが 出来るのだ。


「白は、紅が栄えるよ」


ぞくぞく、と。紛れも無い快感が走る。彼の声にびくりとする。わざとかも知れない。フェイタンはわかっててこんな風に イヤらしいのかも。けれどわたしの身体は正直に彼に反応してしまって背中には冷や汗のようなものが伝っているのがわかる。 殺されるわけでもセックスをしてあんあん啼かされているわけでもないのに。そしてきっとフェイタンの言う意味は鮮血のことだろう。 ふと、深く腰掛けていた椅子に浅く座り、前屈みになるようにわたしの顔を覗くフェイタン。冷たく細い指が頬を滑ってきて 思わず無我夢中でその手に自分の手を重ねた。はぁと漏れそうになる吐息を抑えて、作ったような上ずった声で言葉を紡ぐ。

「そ、そういうことか‥」

ぎこちなく笑ったわたしにフェイタンは然も嬉しそうに微笑んで今度は逆に手を包み返す。冷たくて 心地好いそれにもう為すがままで手の甲に触れたフェイタンの唇の感覚だけが否に現実的な温かさを帯びていた。 膝においていた色見本がドン、と大きな音を立てる。それさえもすべてフェイタンの思い通りなのかも知れないなぁ、と 彼の吸い込まれそうな瞳を見て小さく思った。

は?」
「わたし?」
「そうね」

促すように見つめられて口元に手を当てて考えてみる。その間中右手だけがフェイタンにあそばれていて 撫でられたり、繋がれたり、そしてまた撫でられたたりを繰り返す。


「わたしは黒と赤!フェイタンのイメージだから!」


暗い部屋で良かった、と思う。今のわたしの顔ときたらきっとゆでだこのように赤いんだろう。 もちろん個人的にも大好きな色ではあるけれど、その二色はわたしのフェイタンのイメージそのものだった。 そう呟いたわたしにフェイタンはふ、と笑う。俯きざま伏せられた睫毛が、ろうそくの火が灯るおかげで影を作っていた。 (なんてきれいなんだろう)優しく両の手を握られて、フェイタンは嬉しそうにそうかと呟いた。


「だから顔が赤いね、


暗がりでも、彼はなんでもお見通しらしい。頬は更に熱を帯びまるでカア、と紅くなる音が聞こえてくるようだった。





後日、この話をフィンクスに話すと彼は訝しげにマジでかと呟いた。どうやらフェイタンはわたしに嘘をついたようだ。 白がスキなのは本当だが、違うのは"それをすきな理由"らしい。けれどフィンクスはそう簡単には教えてくれないようで 俺が言ったらまず間違いなく殺されるからな、とそう言い残し彼は任務へと向かう。(ますます気になるじゃんあのジャージやろう!) でもきっとフェイタンには白がすきな(そう簡単にはいえないような)本当の理由が自分の中にあって、何も知らないわたしは このままではだめなんだと気合を入れるかのようにガッツポーズをする。散乱し続けるゴミのような膨大な世界の未だ知りえないこと。 フェイタンわたし電化製品の接続や配線も世の中にある薬品の数に万病の数、自分が働いている会社の動向さえ熟知してるわけじゃない けど、フェイタンのことだけはもっともっと知りたいなぁって強く思うんだよ。朝でも夜でも、雨でも晴れでも、昨日でも明日でも、 電気の下でも蝋燭の下でも、きみがわたしを知っていてくれてるみたいにさ。





「何してたか」
「おう悪ィわりぃ。と話し込んでた」
?」

目の前にいる不機嫌を隠そうともしない男は、自分以外の口からという言葉を聞くことを虫唾が走ったように嫌う。 あれ以上と話し込めば絶対に口が滑りそうで、けれど自分の命を(他人の付き合いで)落とすようなことは俺としてもしたくはない。 しかも相手はフェイタンのことだ、そう簡単には殺してくれなそうだしな。拷問の結果の、自分の惨殺された死体を想像してみる。 ‥やべえ、気分悪くなってきたんだけど。任務前からこんなの初めてだ。改めて、隣にいる俺よか幾分背の低い男を恐ろしいと思った。

「お前のすきな色が知れた云々喜んでたぜ」
「フィンお前余計なこと言てないだろうね」

殺気立ってるコイツを宥めるように、俺は言うわけねえだろと告げた。そうか、と淡々と言葉を紡ぐフェイ。つくづく ってこいつとどんな会話をしてるんだろうと思う。けれど余計なことに首を突っ込めば辿る末路は拷問された惨殺死体だ。 詮索はやめて今は任務遂行だけを考えよう。ふと、振り向きざまがガッツポーズをしていたことを思い出す。フェイ、おまえ




すげえ
















だなあ


("ワタシの中のの色"  自分色に染め上げたい彼女の )070505