「ねえ、桃みたい」
 「…もも?」
 「さんのココ」



うつろいの白桃




 さっき体洗ってる時に思ったんですよね。そういって伸びてくる野薔薇ちゃんの指を後退りして交わす。
 秋にしては気温の低い夜だった。いつもより長めに湯船に浸かっていると、家入さん、真希ちゃん、野薔薇ちゃんもそれぞれ順番に女湯に入ってきた。全員同じタイミングで浴場を後にしながら、今夜は冷えるねー、服装に困るね、そんなとりとめのない会話をしていたはずなのに。
 普段どおり恥じらいもなく、着衣もせずに髪の毛を乾かしていた時だ。鏡越しにじっと見つめる野薔薇ちゃんの視線に気付いた。脱衣所での思わぬ指摘にわたしの思考は止まり、代わりに熱を帯びていくのがわかった。指された箇所を手で思いきり隠す。一緒に浴場を出た3人がニヤニヤと怪しい笑みを浮かべていた。

 「な、…!」
 「ちょーっと触らせてくださいな?」
 「や、やだやだ、どうしたの急に!へ、変だよみんな!?」
 「いいじゃん。減るもんじゃないし」
 「そ、そういう問題では…」

 減るものか減らないものかの判断は難しい。けれど、家入さんの声を皮切りに、野薔薇ちゃんがわたしを抑え込む。女の子でも日頃から戦いの中に身を置いてる彼女の体力に自分の抵抗が及ぶはずも無かった。

 「ちょっ、待っ……ぁ!っ、んん…っ」
 「声えろ。さんってもしかして敏感?」

 背後に立つ野薔薇ちゃんがふぅと耳に息をかけながら楽しそうに言った。それだけでびくりと体が反応してしまう。桃みたいと称された部分に、触れるか触れないかのギリギリのラインで真希ちゃんの指が動く。かと思えば少しだけ掠めたりして、わたしの神経が翻弄されていく。家入さんは自分だけ着替えを済ませて籠椅子に座り、足を組みながらその光景を眺めていた。

 「の恥ずかしいとこ全部見てるよ」
 「ふ…うっ、んんーー〜ッ」
 「お、耐えてる耐えてる」
 「はは。こりゃ憂太も毎晩楽しいだろうなぁ」

 憂太。その名前に体の熱が一気に上昇していくのがわかる。大浴場に来る前、乙骨くんと男湯前でばったり会った。一緒に部屋に帰ろう。そう約束してその場で一旦は別れた。きっと彼は暖簾の前の休憩スペースでわたしのことを待ってくれているはずだ。…はやく、着替えて行かないと。乙骨くんを湯冷めさせるわけにはいかない。でも。

 「聞かせちゃおうか、乙骨にも」
 「へ…、あ!っ、んんっ!?」
 「乙骨センパーイ、聞こえてますかー?」

 わざとらしい声で野薔薇ちゃんが乙骨くんを呼ぶ。二人の声に了承するように真希ちゃんの指が今度はしっかりとそこに触れて、全身に快感が駆け巡った。どこからも返事がないことが救いだ。でも、もしも男湯の脱衣所や休憩スペースにいれば簡単に聞こえてしまう距離だった。

 「さんのココ、ぷっくりして桃みたいなんですよー」
 「は、…ああっ、ぁ、ぐぅ、ん!」
 「今夜も可愛がってあげてくださいねー!」
 「これだけで感じんの?」
 「ち、ちがっ…んんっあ、!や、あぁ…―〜〜ッ!!!!」

 声、我慢しなくちゃなのに。家入さんに煽られ、野薔薇ちゃんに笑われ、真希ちゃんに意地悪される。キャハハと3人の楽しそうな声が残酷に響くことさえ快感に直結してしまう。
 びくんと一度達すると、わたしはヘナヘナとその場に座り込んでしまった。足に力が入らない。触れられていた部分がじんわりと「本当はもっとしてほしい」と疼いてしまう。くやしくて恥ずかしくて、なんて惨めなんだろう。涙目になりながらはぁ、はぁ、と呼吸を取り戻そうとするわたしに、3人は満足げに笑って脱衣所を出て行ってしまった。



 「っ…ひぐ、っん……」
 「さん?」

 暖簾をくぐると、目の前の休憩スペースのベンチに乙骨くんが座っていた。
 オールバック半分、垂れた前髪半分のいつもの髪型はしっとりとしてすべて下ろされている。背の高い彼が幾分幼く見えて、そのギャップが不意にわたしの心に火を灯していく。
 浴場から泣きながら出てくれば誰だって何事かと思うだろう。乙骨くんはわたしの頬に触れると心配そうに眉根を寄せながら、骨ばった指で涙を掬い取ってくれる。その優しさが再びわたしの涙を誘発させた。

 「ど、どうしたんですか?」
 「うっ、……えっ、ち、 な……っ」
 「…え?」
 「えっちなことされた…っ」

 乙骨くんなら慰めてくれる。そう甘い考えが過ったのがいけなかった。