どこに重きを置いているんだろう。
欲しいものはないのかな。誰かから奪いたくなるくらい手に入れたいものは。
予定では、もうそろそろきみは宇宙を欲しがる頃なのに、いつでも笑ってただ佇んでる。
ないならオレが見つけてしまえ。そして渡そう。

それが、ずっと解けない糸ならいいのに。






「シャル、この絵画集とっても楽しかった」


これが夢だとわかったのはなんとなく。本当に、ただなんとなくだった。
差し出された小さな手に乗る本。見知ったタイトルはオレの貸した異国の画集だ。
きっと眠る前に、そういえばはあの画集を読んだだろうかと気にかけたのが
夢にも反映されているんだろう。でも、こんなことは砂粒ほどの確率だ。
部屋の扉から漏れる蝋燭の光だけがを照らしている。アジトの造りも現実に忠実な夢だった。


「退屈しなかったなら貸した甲斐があったよ」
「そんな、また貸してほしいくらい!」


目の前に立つがいつもより一層綺麗に見えるのは、薄暗い廊下と蝋燭の炎が
深い陰影をつけていることと、オレが理性と本能に揺らされているからにまず間違いない。
って夢でまでなんて素敵な女の子なんだろう。オレの理想がここに在る。
一方的に背負わされる男からの期待を、いつでも彼女は裏切らない。
裏切りも、の手にかかればその役割を果たせないんだと思う。


「気に入ってもらえて嬉しい」
「とっても!特に人物画の女の人たちが持ってる小物や洋服が可愛くて…」
「そう?の方が何倍も可愛いけど」
「も、もう…!シャルってば…」


どうやら会話も成り立つらしい。オレよりも幾分背丈の低いを覗き込むように答えると、
照れたが顔を俯かせてしまう。現実と同じような反応に胸の奥が熱くなった。
ありがとうと消え入りそうな声音が聞こえて、暗がりでも彼女の頬がみるみる色づいていくのが
わかった。ついオレの頬まで綻んでしまう。でも本心だ。喜ばせたくて言ってるわけじゃない。
例えこれが夢でも彼女に対しては手を抜きたくない。何倍も何百倍も、オレは自分の手の中に
閉じ込めて独り占めしたい。頭の中のプランターにはに言えない言葉ばかりが育っていく。
でも今は、少しだけ解放したって許されるはずだ。


はもう寝るの?」
「うーん、どうしよう。ちょっと寝付けなさそうで」


自信がなさそうに笑う。えくぼが深みを増す。
さっきまで照れていたのに、くるくると本当によく表情が変わる。
話せることはもちろん、この夢を、他の誰でもない自分が独占できることが輪をかけて嬉しい。
ビジョンとしては全体的にぼんやりとしていた。不意にの足元を見つめると、
シャンパンゴールドのパンプスが遠慮がちに光った。
でも、ぺたんこのその爪先が少しだけ破れかけていることに気付く。


、靴」
「え?」
「破れてる。先のとこ」
「あ…ほんとだ」


指摘と同時にしゃがみ込むと「履きやすくて気に入ってたのに」とが残念そうに呟いた。
が現実でこのパンプスを履いているところを見かけたことがない。
こういうところが夢って中途半端で悲しいんだよな…なんて内心で悪態吐いた。
でも、とてもよく似合っている。自分に似合うものを理解している女の子は聡明だ。
視線を靴からオレに移して苦笑する。そんな彼女に思い立って、オレは制止の声をかけた。


「ちょっと待ってて」
「シャル?」


まだ覚めそうにないことを確信して部屋に入り、大きな本棚を物色するように眺める。
きちっと並び方も一緒だ。あの本は確か…そう心の中で呟くと、お目当てのそれと目が合った。
表紙には異国の文字で『アヴァロンの月』と書かれている。アヴァロン。簡約すると楽園だ。
分厚めの図鑑のような一冊を扉の前に待たせていたに手渡した。が不思議そうに首を傾げる。


「アヴァロン?」
「楽園ってこと。画集に載ってた小物が好きなら気に入ると思うよ」


おそらく、楽園に取り揃えられた小物や家具という意味でタイトルが名づけられたんだろう。
写真集にはどこで売られているのかもわからない物品が数多く並んでいる。
仕事の一環で見つけた本だったけど、こういうのはきっと男のオレより女の子であるの方が
読んでいて楽しめるはずだ。重みのある本とオレを交互に見ながらが言った。


「どうしてこれを?」
「うーん、どうしてって言われると困るけど…夢の中でもに素敵でいてほしいからかな?」
「シャル…?」


ぱらぱらとページを捲りながら教えるそこに、いくつもの靴の写真が飾られていた。
それはブーツだったり、パンプスだったり、ハイヒールだったり様々だ。男物もある。
半ば強制的に渡した写真集。オレはの価値みたいなものを共有したいと思った。


「明日、良かったらの時間をオレにくれない?」
「え?」
「靴探しだよ」


というのは口実だ。オレはただ靴探しという名のデートをしたいだけ。
そうすれば明晩も同じ夢でに逢える気がした。ここなら誰のことも気にしなくていい。
は驚いて、それからすぐに申し訳なさそうに眉を八の字に下げる。わかってる。
きっと迷惑がかかるからって言いたいんだろう。でもの言う迷惑とオレの考える迷惑には
大いに差異がある。迷惑なんて生涯かけ続けてくれたらいいのに。
オレはめげずにウインクを返した。まるで行き止まりに追いやられた小鳥みたいに、
はうっと詰まってしまう。うん、この表情はすごくリアルでいい。


「シャル、本当にいいの?明日お仕事じゃない?」
の為なら時間だって作れるよ」


だからまた明日逢いたい。その言葉に小さく頷いた
ぽっと頬が染まったままのの背中を見送って、部屋に戻るなりオレはガッツポーズをした。
一生目覚めたくないと、本当に、このときまでは夢だと思っていた。






ガラスの靴じゃ



踊れない